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公共施設

2018年5月13日 (日)

納骨終了と今後の方針

昨日、内灘霊園の合葬墓ビルヂングにて朝早くから納骨を済ませてきた。あそこ、権現森公園の一部のような形になっており、構内は町道扱いで一方通行だ。合葬墓ビルヂングは1階建て、建坪概ね30坪程度で、約1000体分の遺骨の埋蔵が可能だ。我が家では全員、生前予約済みであるが、親父が第一号で入ることとなった。
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Dsc_0022ビルヂングは能登側に5人分の参列スペースがあり、ここにて線香や花をあげて行う形となっている。金沢側は鉄鋼製の扉があり、奥には納骨室、そのさらに奥は地下に埋蔵スペースを設けてある。私共の場合はすべて直接、埋蔵室という事になっているが、納骨で申し込んだ場合、10年間骨壺のままの状態で納骨室に保管し、10年経過後埋蔵室に他者のお骨と混合して骨壺から出して埋蔵する形となるが、直接埋蔵を申し込んだ場合、納骨時に骨壺から出してすぐに埋蔵スペースに他者の遺骨と混合して埋蔵されるという事となり、今後改葬は一切不可能である。

しかし、今後の少子高齢化などを考えた場合、将来的にはこうしたほうが好ましいという考えが浸透しているのも疑いようのない事実である。また、昨今の若者はたとえ子供が出来ようと、墓の維持などの負担を考えたらこうしたほうが好ましいと考える輩も多くなってきているようであり、今後こうした合葬墓ビルヂングは各自治体をはじめ、民間の墓地でも増加傾向にあるのは疑いようがない。

少子高齢化の影響は墓の問題ばかりか、都市の衰退や地盤沈下にも影響が出始めている。すでに近辺でも個人商店の閉店や、労働力不足による中小企業の清算なども徐々に増えており、また最近、通勤時の渋滞もやや少なくなった感もあり、自家用車の台数も2015年ごろから徐々に減少しているという話も聞くが、その影響も少し見えてきているようだ。若者の車離れや免許保有の高齢者も平均寿命が近づいており、死亡もしくは運転免許の申請取り消し(自主返納)が増えてきたためと思われる。

今後、祭壇の撤去・親父の遺品の整理・親父が寝ていた奥の間の模様替えなどが残っており、今後もしばらく紆余曲折は続くものと考えられるが、ゲーセンとか観光などのレジャー目的の行動はこれでようやく解禁、車のipodも一時外していたが、昨日から復活している。夏休み期間には部屋の電燈の全面LED化を考えているが、吊り下げ式よりも直付け式のほうが部屋が広く感じるので好ましいのではないか、そう思う。

2018年4月 8日 (日)

人生、終わりまで「勉強」

親父の逝去から早くも2週間が経った。世帯主の座を親父から引き継ぎ、電気・ガス・水道・新聞・固定電話・固定資産税・NHK受信料などはすべて私が担うよう、忌引き中にその手続きを終わらせたが、親父の年金の停止と遺族年金の手続きが残っており、これは戸籍謄本や住民票の除票が、電子計算機システムの都合上、死亡届から1週間ほどかかり、先週半ばにようやくその処理が終わり、委任状をはじめ必要書類がそろったことで先週末、やむなく有給取得を行い、昼から浅野川電車で社会保険事務所に向かった。去る6日の午後3時に予約を入れておいたが、電車を降りて徒歩概ね15分ほど、予約時間まで40分ほど社会保険事務所のロビーで待ち、3時20分ごろ呼び出しがかかり、その手続きと相談に約1時間強を要した。その後、金沢駅で夕飯を食って、宇ノ気行きの路線バスで帰路につく。

親父は厚生年金のほかに市役所の共済からの年金もあり、厚生年金のうち、老齢年金は遺族年金への切り替えがなくこれで最後となり、基礎年金だけがその対象となる。また共済年金に関しても役所の共済のほうに社会保険事務所から連絡がいくという事で、戸籍謄本や住民票・母御の通帳のコピーなども2通取らされていた。はっきりとした月当たりの支給額は判らないが、親父が貰っていた額の概ね3分の2ほどであろう、との説明があった。

さらに、親父の口座がロックされたことで、今週13日が年金支給日であるが、これは払えないことで社会保険事務所に返金されることになるが、その前に手続きを済ませているので、その虞はないものの、3月23日死去までの合算分は3か月遅れで母御の口座に振り込まれる見込みであるとの説明があり、役所の共済からも書類等が届き、それによりその手続きがすべて完了することになる。

さらに新聞代が口座ロックで回収できず、私の口座から2か月分纏めて卸されることとなり、また電気代も同様の対応で、請求書が来たことでコンビニに支払いも行った。さらに固定電話についても継承という事で、戸籍謄本のコピー・死亡診断書・除票・免許証の写しを添付し、所定の手続き用紙を同封して郵送で手続きを行った。

公的な手続き、書類関係は必要事項を記載し、窓口の係員の指示に従って記載するだけなので、小学校卒業程度の知能があれば誰でも出来ることであるのは疑いようがないが、その書類関係の取得が面倒な場合も多いものであり、ここはいろいろと勉強しないとならないことだらけであり、ある意味配偶者のいる世帯主以上に大変であることも実感している。

さらに松任の宮永町、アサヒ装設と同じ所番地にある墓の整理の問題も残っている。ここは民営墓地のため、その連絡先等の表示もない為、それが出来ず母御は困っているようである。ちなみに、私のいとこが持っている墓が内灘の向粟崎にあるが、そこの墓地に確認に行ったところ、墓地内の地図の下に石材業者向けの連絡先があったが、これは向粟崎公民館のものであることが判明したが、松任の宮永にその確認に行ったところ、墓地内の地図は新しいものになってはいたが、連絡先がどこにも表示してないのである。おそらく、小規模な民営墓地の場合、石材店もしくは冠婚葬祭業者を経由して墓の整理などを行っているものと思われるが、そのために連絡先や管理人の名義を出さず、地図だけ表示しているという事なのかも知れない。

さらに葬儀社から四十九日法要の会席の案内が来ていたが、私の場合は家族葬であり、完全な内輪だけでの式であったため、僧侶だけ呼びその法要を行い、会席などの利用は一切しない方向でいるが、それでも腑に落ちないのであれば、私の部署の業務が15時ごろにすべて上がり次第時間引きを行い、広岡の葬儀社にで向かって聞いてみようかと思う。おそらく、葬儀スタッフは四十九日が終わったら自宅の祭壇を撤去する考えでいるので、その段取りに関しても考えているかと思うのですが・・・・。

香典を断ったにもかかわらず、近所からも数件、姉御の会社からも1件出ているが、私の方は事務所にもその旨を伝えたことで一切受け取ってはいない。新聞にも出さなかったという事は香典などは一切受け付けない方向というものと考えるべきであるが、一般には香典は必ず必要とか、新聞には載るものであるとかいう概念が非常に根強いことも事実であり、誤った情報が満ち溢れていることも疑いようがない。口座のロックに関しても、一般には銀行や信用金庫などにそれは永遠に没収され銀行のものにされてしまう、などと解釈されているのも現実のようであり、そのために高額な生命保険に入っているのでは、という考えもあり得るのは事実である。しかし実際には保護措置であり、所定の書類を提出すれば基本的には解除可能であり、私の場合は遺言等もなく、生命保険にも一切入っていないことも判っているので、法律事務所などへの出頭はないと思われる。それが遺言が絡んだり、相続人が多くその思惑が絡んでいたり、多額な生命保険金があったりするとこじれたり厄介なこととなり、法律事務所への手続きも必要になるであろう。

2018年2月 4日 (日)

立春と家の問題で続く紆余曲折

本日から暦の上では春になるという立春になる。しかし、昨日一昨日と寒さはやや和らぎ、初春の陽気もつかの間、今日目が覚めればまた大雪に見舞われている。明日以降も先月のような事態の多発も起こりうる状態であり、やはり気象庁の予報通り、3月半ばごろまでは大雪による交通障害や厳しい寒さが続く見込みのようである。

こうした中、私の無様な軽自動車の右前のホイールが縁石でリム縁が曲がったのである。先週末2日間、制度の大幅な改革で1時間以上早い出勤を義務付け命じられ、定時よりも1時間早く帰れることとなったが、部署のシャワーがこれでは入る余地がなく、1時間早い退庁であることから内灘の白帆台の公営銭湯に行ったときである。慣れない場所なので駐車場に入る際、右からフレームを破損したかのような轟音がしたのである。やや薄暗いので表面上は何ともなかったが、昨日朝見てみたら下の写真のようになっていたのであった。
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そこで、近岡のカーショップに出向いたのであるが、縁だけなので空気が漏れる恐れはそれほどないが、長期的にはそこから徐々に漏れる可能性ありとのことで、ホイールを1本交換することとなり、今週末に再び近岡のカーショップに出向くこととなった。これもまだスチールホイールだからこの程度で済んだものの、これがもしアルミホイールであればホイールの曲がりだけでは済まず欠損やひび割れが起こり、空気漏れも起きその場で走行不能となっていたことであろう。

それよりも親父の介護の事だが、今週水曜にも温泉病院から話があるとのことだ。結局、施設待ちで一時入院中の田中町の病院の話によると、入所する予定だった内灘の医科大向かいの特養老人ホームの関係者も来院し様子を見たり、医師とも協議をした結果、介護だけではなく長期的な老年医学に係る医療が必要な状態であることから、特養入所しても長期的な医療が必要となると医科大に毎日通わせないとならないこととなり、また嚥下性肺炎の治療でも完治が難しく、リハビリにより介護度を下げる治療などを行ってはいるものの、嚥下機能の回復が難しく、また歩行器の使用も試みる訓練も行っては来たが、普通の食事や立って歩けるようになることもほぼ不可能に近く、介護指数は上がっても下がることは期待できず、訓練などを行ってもせいぜい現状維持ぐらいしか不可能であることが判明し、特養老人ホームの入所は難しいとの判定があり、医療型の介護施設以外に選択肢はなく、温泉病院が空き次第、そこに入所させ、最後まで看取るという方向で調整することとなったのである。特別養護老人ホームの入所期間は平均5年程度というデータが出てはいるが、死亡による退所がすべてではなく、入所中に常時重度の医療が必要になってきた場合などに医療型の介護施設に転所させたり、あるいは要介護指数が2以下に改善されたりした場合、グループホームや一般の老人ホームへの転所や、在宅介護やデイサービスへの転換を勧められ退所というケースもかなり多いらしい。特養老人ホームでは日常の訓練のほか、レクリエーション・旅行などもあり、純粋に介護を必要とする人ならば生活も可能だが、これでは常時医療を要する場合は難しいとの判断も当然であろう。

こうした事情から姉御は夜間勤務を断っているようであり、放課後の会合などへの参加も断っている状態であり、私の場合であってもやはり同じような事態であり、宿泊を伴う2日以上の旅行などの大型レジャーはもちろん困難な状態だ。たとえ日帰りであってもレジャー関連は難しい状態であり、そうであってもなるべく早く帰ってくることも必要であることからも、家にてレコードを回すとかラジオ・レンタルビデオなどで映画などというぐらいしか余暇の選択肢がないというのが現状だ。生活のための買い物とかで商店街へというのも姉御と母御が買い物中は極力留守番を余儀なくされ、結局夜に行くしかないというのが現状だ。

とにかく自宅での老々介護からは解放されているとはいえ、施設預けという事となると家族の身体的・精神的負担はなくなるものの、直接被介護者と接していないことから、命の危険や容体などの悪化、施設内で暴れるなどの事態があった場合、早朝・日中・深夜を問わず電話がかかって呼び出される可能性は自宅介護の場合に比べはるかに高くなることも事実であり、施設の使用料なども大きくなり、やはり同居家族は使えるお金や行動範囲を狭められることは自宅介護であろうと施設介護であろうと同じである。

子供の育児などは出生から概ね小学校低学年程度まで、着替えとか大小便の世話などが必要となる以降は概ね自立してくるのでめどは立つが、介護という事となるともう長くはないとはいえ、いつまで続くかわからないのも疑いようがない。高齢要介護者は身体的機能や精神年齢の低下などもあり、大きな赤ん坊を抱えていると同然であり、その家族も非常に負担がかかるものである。

2017年11月29日 (水)

親父の転院手続きと施設入所ほぼ決断

本日、第5週水曜日ということで私共の部署は強制的に有給休暇取得日となっている。しかしながら、要介護状態にある親父が嚥下性肺炎で入院中のところ、本日金沢市北部のリハビリ施設の併設された病院に転院することとなり、母御は足腰の痛みやふらつきがあり、要介護とまではいかずほぼ自立してはいるが、実質要支援1に相当する状態であることから行けず、私が強制有給休暇ということもあり私が1人でそれらの手続きを行うこととなり、ほぼ丸1日が潰れるという始末だ。

ついで、11月末ということで12月のボーナス相当額分を普通預金から定期預金に移し、その先倒しも行った。ついで、町の福祉課に寄り、役所の事務員に問い合わせた要介護者の扶養控除の件について、私本人がその当時電話に出た担当者を呼び、詳細な事項を確認した。これによると、要介護申請時の医者の所見等により、痴呆度、寝たきり度共に障害者条件を満たすことがわかり、特別障害者ということが判明した。年金の支給額は限度をはるかに超えているため、年末調整時にそれが適用されるかどうかは判らないものの、来年年明けにもその通知が来るということで、それをもとに確定申告を行い、来年の年末調整時にその証明書を添付することでその恩恵を受けられる可能性もあるらしい。

医科大側の紹介でのリハビリ転院手続き、医科大側ではほぼ看護師や医療事務員などの指示に従い、会計を済ませ移動可能な荷物を私の無様な車に積み込むだけであったが、待ち時間が非常に長かった。そこで医科大のレストランにてお昼を、ということとなったが、洋食飯であっても味の美味さよりは健康第一という感じで作られている、そんな感じであり、炒め物のご飯類であっても本来バターを使うものがマーガリン使用といった感じであった。味付けにしても繁華街などで頂くのよりはかなりあっさりした感じであり、ここはやはり病院内のレストランであることが感じられる。

昼から新しいリハビリ病院に向かったが、そこの手続きでやはり難題を強いられ、母御に電話する羽目になった。手続きの書類自体は概ね小学校卒業程度の知能があれば処理可能な内容ではあるが、看護師からの質問などにかなり難儀なことを聞かされ、母御に電話で助けを求めた次第だ。私は高校卒業でありながら赤点ギリギリでの卒業であり、実質幼稚園卒の学力しかないというのも正直なところであり、いかに親に頼った生活を半世紀してきたかが感じられ、青春時代に勉強が出来なかった弊害を強く感じた次第だ。

親二人とも近い将来お迎えの危険性も非常に大きく、そうなった後でも自立して暮らせるだけの考えは必要だ。私が軽自動車にした理由もそこにあるわけだが、親の年金が入らない、親二人とも貧乏ゆえに何の保険にも入っていない、となると節約の重要性は高いからだ。

姉御は親の介護などを理由にかなり会社を休んでおり、これ以上会社が休めないということと母御も体が好ましくないことで私がということとなったが、私も公務員であり、有給休暇に恵まれておりながらも、人員の面で厳しくほとんど取得不可能なのが現状であり、今後こうなるとかなりつらい人生が待ち構えている。

今回の転院も老人施設入所までのつなぎという条件でのことであるが、医科大側も、今回の転院先の医師からもこの状態では在宅で老々介護は好ましくなく、施設入所などを行った方が好ましいとの所見であり、働いた給与が毎月すべて消えたり、それに加え定期貯金などを崩してでも暮らさないとならない事態になっても親の介護優先ということとならざるを得ず、自宅で老々介護であろうと、施設預けであろうと、私共もレジャーなど思うように行うことは困難であり、どちらにしても著しく行動範囲を狭められることは疑いようがない。施設入所となるとお金の面で苦しくなる問題もあるが、介護理由に退職しないとならない可能性はほぼなくなる。しかし職場などの懇親会や食事会などがあっても強固に断らざるを得ず、遠方へのレジャー目的の旅行などもこの先半永久的に完全に不可能だ。

要介護の家族を抱えていればこうした事態も当然のことであるのは通常の社会人の知能があれば何の疑いをはさむことなく理解できようかと思うし、そうであって然るべきである。

2017年10月 1日 (日)

本格的な秋の到来と要介護者との紆余曲折

10月に突入し、本格的な秋の到来となった。気温的には今時分、平年では6月頭のそれとほぼ同じであるが、暑さ慣れのせいか寒さも感じる。この後、平年では5月下旬の気温へと移り変わり、今月末にはもう4月下旬の気温にまで戻る。こうなると冬用肌着類や冬服、灯油の準備も必要になってくる。

先々週から週2回程度のデイサービスに通い出したが、先週は1回だけしか行っていない。親父はバスの中でうんこが出るからとか、そういって行かないことも多かったが、体がかゆいとか言い出し、金曜日にようやく通ったという始末だ。昨日も物が落ちたとか、ラジオが聞こえんとか言って夜中に暴れ、常時監視が必要という始末だ。

こうなると毎日でも通わせるしか方法がなく、ケアマネともそのように調整し、空きが出来次第特養入所の段取りもできている。この状態ではボーリング大会は声をかけられても強固に断らざるを得ず、組合動員もちょっと相談して見合わせていただこうかと思う。部署行事なども親の介護を理由に断らないとならない事態も濃厚だ。

それにこうなると、レジャー以外の買い物なども満足にできない状態になってくる。当然、宿泊旅行とかも困難であり、せいぜい富山か福井、その近辺ぐらいで日帰りぐらいしかレジャーは不可能だ。予約制の列車やバスが使えるところであっても純粋な日帰りが可能なのは高山ぐらいしかなく、同居家族もレジャー等に大きく制限がかかっているのがわが家の現状だ。東京・大阪等はこの状態ではほとんど不可能だ。そのため、近辺での買い物以外では貸しレコードか、少々ゲームをというぐらいしかレジャーの選択肢がない状態だ。

今週には砺波でコスモス祭りが開会されるが、これも早朝に出て午前中に何とか帰らないとならないし、高速バスの予約でも純粋な日帰りが可能な高山あたり(金沢08:10発、高山16:30発があるので、日帰りは確実に可能だが、今の状態ではこれがせいぜい限界だ)しか不可能であり、いつまでこのような制約が付きまとうのかと思うと非常に窮困だ。母御も夜中に起こされて寝られない状態であり、最悪は私共が離職しないとならないこともありうる状態だ。

さらに運転免許の更新も来ており、これも来週の今日に何とかやりたい。深視力がもういくらやっても合わないことが判明したので、5月の第5水曜の有給休暇強制取得日に大型免許を自主返納したのだから、適性でまごつくことはなくなったのはなによりだ。役所から中型免許を取るように諮問されても、深視力不良では入校も受験も不可能である。これは中型のみならず、準中型や大型・けん引免許や第2種免許でも同様であり、私の場合は深視力がいくらやっても通らないことが明確なのでこれらの免許はもう取得は不可能である。

あと何年このような状態が続くかわからないが、介護というものは心労も大きく、並大抵のものではない。

2017年9月24日 (日)

要介護者とケータイ故障

親父の状態、ケアマネと同居家族全員で面談・相談の結果、週1回のデイサービスという事であったが、今後平日中、余地があればほぼ毎日通わせることで同意した。しかし、満杯の事もあるので、必ず毎日という事ではないが、週3回程度は少なくとも通う事になるようだ。金曜にはその出発の様子を見守ってはいたが、10人乗り程度のリフト付きマイクロバスで来る。介助者は男性1人、女性2人でうち一人は医科大の看護学生であった。部屋から車椅子に載せ、後方のドアからリフトでマイクロバスに乗せる。ハイエースとかキャラバンぐらいの大きさで、ギリギリ普通免許で乗れる範囲だ。

一昨日は予定外のデイサービスを入れたが、それ以来親父は施設の対応が気に入ったらしく、出来れば入所させてくれとか言って暴れる。入所待機は一応やってあるが、先着順かつ、要介護指数の上位の者が優先であり、要介護3であれば入所資格は満たしているもの、先着をさしおいて優先することも難しい。要介護4とか5などの上位の指数ではそうした場合もありうるようだ。

金曜にはデイサービスの人に状況を伝えておき、水曜日にはおむつを脱いだり、トイレットペーパーを食って自殺するなどとか言って大暴れして、しかも深夜に大暴れということで隣や裏隣りの旦那や主婦が玄関を介さず、ブロックをまたいで裏の長窓から見に来た始末であったことも介護の人に言ったらしい。

あれ以来大暴れはないが、いつまた暴れるかわからない状態であり、ケアマネと老人施設の人の話では、頻繁にそうした行動があるようなら高松病院に痴呆症の診察を行った方がいいとのことであり、施設内でもそういうことがあったらそう対応する考えだ。

このような状態では常時監視が必要と言っても過言ではなく、要介護3どころか4でもおかしくないというのが正直なところだ。とにかく要介護者を抱えている場合、在宅介護であろうと、デイサービスやショートステイ、あるいは入所などの方法を取っていても、同居家族は行動範囲を大きく狭められ、旅行・スポーツなどのレジャーも難しく、特に1泊2日まるごと以上となるとほとんど不可能である。私の場合でもまだ昨年は今ほど重度ではなかったので夜行日帰りぐらいは可能であったが、今回はそれも難しく、出来ても富山とか福井程度のところが限界だ。

それはさておき、ケータイが不調に襲われた。画面がちらつくようになり、再起動後に画面がストップし、ボタンを押すと画面が出るが、ボタンの反応も遅く、ネットも遅いなどの不具合が多くなっておりもう末期症状であった。普段はほとんどかかってこない電話であるものの、要介護者を抱えている状態こそ最も携帯電話が必要なのは疑いようがない。容体によっては何時電話が自宅や介護の人からかかってくるかもわからず、状況によってはそれによって帰宅しないとならないことなどもありうる。富山・福井当たりとか、映画・展覧会・ゲームなど近間の短時間レジャーであっても何かあったら途中で抜けて帰宅ということも考えられる状態であり、親父が死ぬまで続くかと思うと非常にうんざりだというのも正直なところだ。しかし要介護者本人が最もつらいことを考えればそうも言ってられない。

ケータイ、結局機種変更も考えたが、2年前の機種ということで保守部品もあと3年あるということからもセルラーショップのスタッフは修理を勧め、結局同一機種と交換、故障品をゆうメールで送付ということで妥結し、代替機を1日借り、今日午後にセルラーショップに取りに行った。現在その環境復旧中でもある。

ケータイ、いいところよく持っても3年、一般的には2年ほどで故障が来ることも多いらしい。常時電源を入れた状態が多いのですから。しかし要介護者を抱えている状態ではその家族もケータイはたとえ掛けたり掛ってこなかったとしても絶対に必要なのは疑いようがない。母御からはもとより、介護の人からいつ掛かってきてもおかしくないですから。

明日もデイサービス行きがあるが、明日は頭の体操ということでラジオを聴く時間がるということでヘッドホンを持参するように、とのことだ、老人施設から。そのための買い足しなども急きょ休暇中にやっており、しかも夜の8時過ぎに行っているという始末だ。日中は要介護者の監視必要ということですから。

2017年9月21日 (木)

デイサービスから帰宅後、問題行動

今週から週2~3回程度デイサービス通いとなった。しかし、昨日帰宅後、丸裸になって畳の上で暴れているのである。紙おむつを放り脱いで、足が痛いとか言って暴れており、靴下も履いていないのに履いているから脱がせろと言って大暴れする。さらに昨日夜から深夜にかけておむつを着用させたのにそれを勝手に脱ぎ、ぬがにゃ駄目なんやとか言って2時間以上も暴れ、暴れた挙句に布団でションベンを漏らすなど、もう手に負えない状態だ。姉御はやむなくデイサービス施設の時間外に相談し、さらにかかりつけの医科大にも深夜にもかかわらず電話して対処方法を探るなどさんざんだ。暴れる親父を押さえつけるため、やむなくロープで手足を縛るなど行った。それはおむつを勝手に脱がれたりするからだ。そうしたらそうしたで大声で暴れ出し、隣のタイル屋の親父や裏隣りの主婦など、玄関から入らずにブロックをまたいで見に来たほどであった。さらにトイレットペーパーを食いだし、わしゃコレのどに詰まらせて死ぬがや、とか言ってまた暴れ出すのである。

これではもう精神病院以外に選択の余地はなく、私や姉御は余儀なく会社や役所を休むことを余儀なくされ、昼にケアマネージャーを呼んで相談することに。ケアマネは親父を何とかなだめて説得し、少し小康状態にななったものの、明日にデイサービスにとりあえず送り、再び帰宅後暴れるようであればもう精神病院でも行った方がいい、との所見もあった。

親父の場合、2年前に立って歩けなくなった際、医科大の神経科ではすでに脳神経がいかれているとの所見があり、現在も痴呆の状況が進み、それも全般的な痴呆ではないが、部分的に痴呆症状があり、幻覚とか妄想的な発言が多いようであり、介護保険申請時に意見書を書いた医者の往診でも話のつじつまが合わないという。昼夜の区別もつかず、私や姉御の顔とか着用している衣類も識別できないこともしばしばである。

とにかく明日もデイサービスを早急に入れたとはいえ、予断を許さず、明日も上司に電話して様子を見る考えだ。今年など永年勤続のレジャー助成が当たらなくて、まだそれが昨年度で本当によかった。今年などそうであっても宿泊レジャーは困難だからだ。とにかく、昨年までは何とか普通の知能があったようだが、今夏ごろから知能の低下も進行したようであり、もう幼稚園児か小学校1、2年生程度の知能しかないようである。暴れるとションベンを漏らしたりするようなことから見てもこれは間違いない。

2017年9月17日 (日)

最終的にはデイサービス週2回、福祉用品貸与で対応

親父の要介護指数が決まって1週間余りが経過した。要介護3ということで、中等度の介護状態ではあるが、要支援という下位の指数もあり、どちらかというと重度の部類だ。

最終的には、金沢医科大向かいの夕陽丘苑にてデイサービスを週2回程度行うことで大筋が決まった。この折に入浴とかオーラルケア・理髪などの世話を行う事でケアマネとの間で合意した。朝8時ごろ、マイクロバスで送迎し、施設にて介護を行い、夕方6時前後にまたマイクロバスで送迎するというものだ。またそのための車いすとスローブ・電動ベッドも貸与され、在宅介護もかなり楽になりそうだ。
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P9160165従前あったベッドはセカンドストリートに買い取って頂き、それでも弁当二人分ぐらいの買取値であったが、有料で粗大ごみにするよりはいいかと思って毎回、断捨離の折はこういう手法を行っている。

連休中は西日本を中心に台風の影響で暴風や大雨が予想されており、わが部署でも週末にレジャーを予定していたのをキャンセルを検討していた輩もいたぐらいである。こうした中、姉御は契約社員の分際でありながら、昨日から大阪と名古屋に出張ということとなり、明日の深夜遅くでないと帰ってこない。親父が医者に行かないとならないことやその薬などの世話、老々介護でやつれている母御の家事などを理由に休むこととかも多かったが、それを裏目に見て困難な出張を命じたようであり、これでは遣ってることこそは違うものの、北朝鮮のミサイルの件と全く同じだ。

わが部署では人員削減のために常時逼迫状態にあり、公務員でありながら有給も自由に取れないという事態ではあるが、それでもレジャー目的の有給なども結構目立っている。民間企業であればレジャー目的の有給など言語道断というのが常識であり、減給とか分の悪い部署への強制異動、最悪解雇という場合もある。しかし姉御の場合は親の介護とかそういう重篤な事項であるというのに、こうした処遇を与えるというのはその会社の管理体制を疑いたくなるというのが正直なところだ。しかも正社員ならいざ知らず、非正規社員でこういうのはちょっと考え難いというのが正直なところだ。

ケアマネは特養への入所も勧めているようであるが、夕陽丘苑では待機中の者もいるらしい。しかし1年から2年程度は待たされるようであるが、私はこれを申し込んでおくことを強く勧めたく思う。万一、母御が倒れたとなると、このままでは私や姉御は介護理由に役所や会社を辞めなくなることほぼ間違いないからだ。私の場合は公務員という事で、いつでも休暇が取れるとかいうものの、実際には人員などの都合でそれもほとんど不可能に近く、夏期休暇期間も想定したほどの学生バイトも集まらず、シニア層のそれを余儀なく雇うという事態になっており、夏休み期間である今月いっぱいは有給取得は完全不可であり、10月以降も人間ドックなども入っており、ほとんど不可能に近い。そのため夏休み割当日を使って介護申請などを行っていたのである。

秋の観光シーズンを迎え、旅行・スポーツなどのレジャーも盛んになってくるであろうが、私のように要介護者を抱えているとそれも難しく、特に宿泊旅行などは全くと言っていいほど困難かつ不可能であり、せいぜい日帰り、あるいは夜行バスでの1日往復ぐらいが限度だ。こうであれば一眼カメラを売却しようかとよほど考えたが、半日程度で、富山・福井とか能登ぐらいはなんとか可能な範囲であることからもこれはやめておくが、これ以上にボデーやレンズの拡張は困難であり、現状維持という事で行くこととなろう。E-M1IIや新レンズも魅力的だが、介護状態の親がいるとこれらの購入も非常に困難で不可能な状態である。

2017年8月30日 (水)

夏期休暇、本格レジャーは一切不可

第5週水曜日という事で本日は全員が夏期休暇の割り当てになっており、夏期休暇期間以外であっても第5週水曜は有給休暇の強制取得となっている。日中は暑さも残るが、朝晩は寒いぐらいの風が入ってくるようになり、初秋を感じる。

こうした中、親父の介護状態がますます重度化してきている。ついに夜間は本格的なおむつをするようになり、寝てる最中に大小便を漏らし、特に暴れた後などには必ず小便を漏らしており、これはさながら幼稚園児か小学校低学年と同然の状態だ。
母御はもう日常の買い物も行けないぐらいやつれていたが、それでも鞭を打って買い物に出かけたのである。そうしないと、夕飯とか弁等の準備ができないからだ。もう親父は常時監視が必要なまでに介護状態が重篤化しており、いやいや私が車を出してスーパーまで届けた後、親父の監視目的に留守番という始末だ。

その後、ケータイに母御から迎えに来てほしい電話があったそうだが、着信はなったものの、通話が出来なくなった。私は公私共々手荷物が多く手がふさがることも多く、そのために何回もケータイをバチャバチャと落としており、そのために通話が出来なくなった可能性も高い。また、慌てて母御を迎えに行かないとならず、メガネがなくなってやむなくテレビ用の遠近でない、度の弱い近視用をかけて出発したが、その時足元から何か踏んだような感覚があり、メインのメガネを踏んで壊したのである。
母御を家に届けた後、急いで眼鏡市場に足を運び、壊れたメガネを1週間かけて修理することとした。その間、度の弱いテレビ用のメガネで運転しないとならないが、大型免許は返したので、多少弱いメガネでも普通免許の視力には抵触しないのでここしばらくはそうなりそうだ。

その後、内灘のセルラーショップに足を運びケータイの故障を調べてもらったが、通話は可能であった。私の場合、常時マナーモードにしていることから、スマホがサスペンド状態の時の通話操作がミスがあったのである。

スマホは画面が明るい時は応答ボタンのクリックだけで通話できるが、サスペンド状態では応答ボタンをクリックではなく、スライドしないといけなかったのだ。常時マナーモードを貫いているとこうした弊害もあるものだと強く実感した。
なぜ私が常時マナーモードを貫いているのか?その理由、職場では業務中のケータイは厳禁されており、また通常の街中であっても、イオンモールとか平和堂などの郊外商店街とか、香林坊とか武蔵が辻・総曲輪・古町などの中心商業地でも通話禁止の場所も少なくない。さらにバスや列車などはどこの鉄道会社でも通話禁止の指示を厳しく出しており、映画館や病院・ゲームセンターなどでも通話禁止のところが大半であるのは疑いようがない。むろん、運転中の通話は違反であることは言うまでもない。たとえハンズフリーであっても運転中の通話は控えるようにと私のダイヤトーン・サウンドナビの取説にも厳しく書かれている。

万一、電話がかかってきたならば履歴が残るのですし、それにより重要なものであることが明確であればこちらから通話が許されてる場所に行くか、運転中であればコンビニとかゲームセンター・商店街などの駐車場に入ってかけ直すという手段をとる習慣を貫いている。これはやはりコンプライアンスの観点からも最も真っ当であり、なおかつそうすべきだと固く考えているからだ。

親父の状況、介護保険が使えるようになったならば施設入居、あるいはデイサービスやショートステイなどを冗談抜きで考えないとならない状況である。今の状況であっても私や姉御が役所や会社を辞めないとならなくなっても何ら不思議ない状態である。これを少しでも回避し、自己負担も幾分あっても私どもが枕を高くして働けるようにしないとならない。今の状態では枕を高くして働けないのは私や姉御も同じことであるのは疑いようがない。

こうした中、今年は職員互助会などから旅行券など貰わなくてなおさらよかった、いや、非常にせいせいしてるというのが私の正直な考えだ。家がこのような状態ではレジャーなど難しく、特に宿泊を伴うとなるとほとんど不可能なだけになおさらそうだ。近隣への私用とかもこのままでは難しくなり、ラジオとかレコードを家で聞くぐらいしか困難になってくるのも疑いようがない。

とにかく要介護者を抱えている場合、鞭打って老々介護をしている母御ももとより、仕事で介護などに手を付けづらい私どもも余暇に大きく制限がかかり、必然的に行動範囲を狭められてしまう。わが部署の輩はパチンコだの、旅行だのゴルフだの遊びごとにうつつを抜かしている輩がほとんどであるが、私の場合は要介護者を抱えるゆえにそうはいかず、組合のボーリングとか食事会などもたとえ幹事から声をかけられても強固に断らざるを得ない状態である。

2017年8月 6日 (日)

デジタル一眼、久々の過酷使用

要介護状態の親父が時々暴れたりなどで家を悩ませている中、昨日高岡七夕があり、久々にデジタル一眼を酷使した。

中心市街地なので車は使わず、浅電と都市間高速バスでの移動となったが、今回PROレンズの望遠ズームを持ち出すことも考えたが、この重さではさすがにこの暑さでは到底無理で、小型の10倍ズームにしたが、12~40mmPROレンズも携行した。カメラ本体はE-M5MarkIIだ。

台風の影響でかなりの猛暑であるが、まだ風があるだけがせめてもの救いだった。好天なのでISOオートでも推奨感度の200で日中は間に合ったが、夕方から夜間になるとやはりISOは800~3200まで上がった。百万石踊り流しなどの夜間スポーツはレジャー関連の行動自粛から出くわすことは最近なく、結局ISO25600は今や宝の持ち腐れ状態だ。

P8050029今回から趣向がかなり変わり、ウイングウイング高岡前の広場は七夕を最小限とし、メインは駅のペデストリアンデッキ上に移ったようだ。このほうが日差しもしのげ、むしろ好ましい感じだ。

P8050090児童の提灯にはこんな警告も。小学生でもパソコンを習っていることが伺え、確かに今の時勢、ネットのリスクを認識しないとならないことであろう。

P8050107同時に高岡駅地下街の歩みの写真展もやっていた。開業時はかなりにぎわっていたが、今や市民や近辺の観光客向けに合理化されたことが伺える。

P8050108今回の願い短冊はクルンB1Fであったが、空き店舗前に設置されていた。

P8050123提灯も七夕の醍醐味だ。

P8050159強風ですごい揺れだ。ここは1/8000秒シャッターでその瞬間だ。

P8050249夕方のふわふわ遊具も強風で中止されることに。

P8050287結局、中止となった。

P8050266夕暮れには御旅屋商店街もイルミの世界に。

P8050299ウイング・ウイング広場は今回は広々とした演出だ。

P8050319今回、人工デッキ上に七夕飾りが多くなった感じだ。

P8050321やはり隠れたスポットは必見である。

現地には最終便の都市間バスの時刻近くまでいたが、自宅には概ね22:20ごろとなった。宿泊ではないのでそう難しいことはないとはいえ、やはり要介護者がいる状況ではつらい面もある。レジャー先であってもまた親父が訳の分からないことを言って暴れてないだろうか、とか気になる。それゆえに携帯電話はかかってこない電話だとあざ笑われようと、こういう状況こそ一番携帯電話が必要なのは疑いようがない。要介護状態の者がいると、いつ何時命を落とすかわからないですし、家からの電話があればタクシーを呼んででも帰らないとならないですから。

こうした中、昼から親父の散髪とシャワーを行ったが、最初はやらないとか言って暴れるのである。医者の予約の日も医者に行かないとか言って暴れたり、最近こういうのが多い。要介護者はかなり重度になると、介助に抵抗したり暴れたりするようになることも、町の福祉の相談員の話でも決して珍しくないらしいのだが・・・。