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公共施設

2018年8月13日 (月)

3日目の夏季休暇と墓参り

今年の夏は異常な暑さが続いており、今日になってようやく本格的な雨となったものの、通り雨的であり、むしろ蒸し暑さを呼び起こしている。私はこの日ようやく3日目の夏季休暇という事で、土曜から3連休になるが、私の場合、毎日執念深くここでも語ってきているように、7月から9月の間に7日間、平日に飛び飛びに割り当てられるので、都合のいい日に夏休みとが限らず、墓参りを見送ることとなる年も多かったが、ここ数年、お盆前後に土日あるいは夏休みがかかる年も多く、その場合は私も墓参りに行くこととなる。

今年は今日夏休みが当たったことで、姉御は職場を時間引きし、夕方に内灘の共同墓地ビルジングに親父の初参りに行く計画であるが、松任の先祖の墓には私が未明から代表して行った。それは今まで先述のような理由で墓参りを見合わせざるを得ない年が少なくなかったことや、松任・宮永までは往復でも未明のような時間帯ですら車で1時間半はかかるのだし、まして学校が夏休み期間中であれば日中の混雑も多く、通勤の車も見かけられることからも夕方からというのであれば往復で3時間はかかること間違いない。内灘、ただですら車で金沢方向というのは距離の割に時間がかかり、まして近日中に陸運が入江から大河端に移転するとなると、余計混雑が見込まれ、私の通勤帰りも夕方5時15分までの時間から時間までの恵まれた処遇にもかかわらず、速くても夜6時半ごろでないと帰宅できないのが、毎日夜7時過ぎになる可能性も濃厚だ。
P8130250松任のほうは後継者がいないことを理由に母御は墓じまいを考えているが、その連絡先が分からず迷子になっているのが現実だ。一般に、墓の分譲などは石材店がやっていることが多く、この場合も石材店に相談するのがよいかと思うのだが、これにはかなり高額な金がかかるらしい。放置しておいても数十年たてば行政は強制的に墓を撤去することも可能であり、そうした方法もあるのだが・・・。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

それはさておき、高岡七夕から数日後の先週火曜、2日目の夏期休暇であったが、この時に河北潟のひまわり村、本格的に25mmF1.2の良さを発揮することが出来たのだ。

P8070414やはり快晴下では最低感度であっても最高シャッター速度でも間に合わない。そのため、静音モードにて電子シャッターによる1/16000秒を駆使せざるを得ないか、NDフイルターが必要になる場合が多い。しかし開放絞りあるいはそれに近い場合は背景のボケ味が非常によい。

P8070423もう機械式シャッターでは1/8000秒までしかないので快晴では対処が不可能で、静音モードでの1/16000秒を使うしかない。それでも拡張低感度になってしまう。ND4フイルターを用意したほうがよさそうだ。

P8070448最小絞りでの全景だ。このレンズは小絞りボケの影響も非常に少なく、パンフォーカスも安心して臨める性能がある。しかし、他のレンズは最小絞りがF22まであるが、これは残念ながらF16までであり、唯一これだけが玉に瑕である。やはり低シャッター速度の日中使用を考えると、最小絞りはF22まで欲しいというのが正直なところだ。

P8070485こういう意図であれば最小絞りF16も活用は有効だが、広角的表現であればパンフォーカスをうまく使わないとそれが生かせない。しかし他のレンズではこの程度のF値では小絞りボケが気になることが多いが、このレンズはそれがほとんど気にならない。

P8070536いかにも素直な心でおもてなしをしている、そんな表情だ。やはり開放絞りのボケ味の良さも相まっての出来栄えだ。

ひまわり村:オリンパスE-M1 M.ZUIKO25mmF1.2PRO

このレンズは単焦点ゆえに、構図の制約も多く、徒歩で最適な構図を得ることも必要だが、ズームにない描写の良さが非常に感じられる。これ1本で勝負というのならば車ばかりでなく、新幹線とか高速バス利用時にも苦にならない。しかし大都会の中心部での使用には不向きである。やはり単焦点であり制約も多いからだ。そういう場合は一昨年の仙台の時のように、14~150mmズームと補助にボデーキャップレンズのセミ魚眼を持ち合わせて、というのが理想であろう。

2018年8月 5日 (日)

大幅に意匠変更した高岡七夕

親父の四十九日もとっくに過ぎ、宿泊を伴うレジャー等の物理的困難はなくなったとはいえ、親父の肩代わりに生活費を背負わないとならなくなり、やはり思うように行うことは困難だ。しかし、日帰りとか夜行往復で翌日帰りといった程度ならばそう困難でもなく、夜行で関東、翌日晩新幹線でという事ぐらいがせいぜい限度だ。しかし東京となると他の都市でいう繁華街たるものが複数個所もあり、日帰りや夜行翌日ならば見たいところを絞らないとならない。

こうした中、花火大会やゆめ街道はスケジュール的にも酷暑のためきついことやお金が続かないこともあり数年前から取りやめているが、高岡七夕だけは日本海側唯一、仙台七夕に近い大規模なものなので毎年出向いている。

今回、新レンズ25mmF1.2を主体に行った。やはり開放絞りのボケ味の良さを全面的に出したレンズなので、開放絞りを主体に行ったが、やはり快晴下では最低ISOであってもシャッター速度が追い付かず、F1.4~F2ぐらいを余儀なくされる。しかし単焦点ゆえに構図の制約も多いが、それゆえに非常に素直な写真になった、そう感じる。

P8040007金沢駅地下には廃校となった小学校から贈られたピアノが置かれ、朝5:30~深夜23:00まで自由に弾くことが可能だ。新幹線や高速バス待ちで30分以上あるときには有効だ。

P8040015クルン高岡地下1階のファッション店2店舗跡地には氷見牛の店が入った。今や夜間営業の店がクルンB1Fには多くなってきた。

P8040026昨年までクルンB1Fにあった恋の短冊はクルン2階のデッキ上に移動した。

P8040037新レンズの背景ボケはやはり上質だ。しかし感度オートでもISOが拡張低感度に設定されてしまう。

P8040045今回、書初め風の短冊もみられた。

P8040085昨年は南北自由通路「万葉ロード」にあった児童クラブの提灯は大和前に移動していた。

P8040180マクロレンズなしでもかなりの接近が可能なのはPROレンズ共通の特徴だ。しかし最小絞りがF16までしかないのが玉に瑕だ。やはり低シャッター速度の日中使用を考えると最小絞りF22はほしい。

P8040224近接でのボケ味はまさに大口径超望遠を思わせる。

P8040225パチンコジャランが閉店した事で、保安上の理由からかつて南北地下通路とつながっていた駅南地下通路を閉鎖している。やはり痴漢行為やホームレスの居座りなどが多いからであろう。かつてのダイエーの建物はそのままになっており、これを壊して広場などに替えるか、レジャランなどのゲーセンにでも転用するかしたほうが好ましいのではないか、そう思う。

P8040321夜の御旅屋通りも華やかだ。今回、あえてこのような写真を載せたのは繁華街全体とは違った雰囲気を求めての選択だ。

P8040363このような夜間の場面でもF1.2の明るさは大いに生きてくる。ズームでない単焦点の標準のため構図決めは徒歩で行わないとならないが、見た目に近い臨場感ある写真になるのは魅力だ。

P8040383今回、チャリティーデコトラの展示もあり、これは斬新な企画だ。

P8040400ウイングウイング前の広場では従来の迷路式を廃し、ドーム状の願い短冊の演出となり、従前とは大幅な意匠変更をしている。

P8040404今回、児童用遊具のふわふわは歩行者天国の幹線道路ではなく、クルン2階のデッキ上に設置されていた。

今回はE-M1に25mmF1.2、ズーム14~150mmF4~5.6。ほとんどがF1.2使用であるが、守備範囲を考えてズームを用意していったのであった。

明後日、2日目の夏季休暇がある。私どもの部署は全員連続というのが難しい為、7月から9月にかけての間、7日間を飛び飛びに各人ごとに割り当てているが、6月に第5水曜がある場合はそれを夏期休暇に割り当てることもあり、また7月から9月の間に第5水曜がある場合は全員共通の夏季休暇日となり、1月から3月以外に第5水曜がある場合で春秋であれば有給強制取得となっている。

2018年7月 1日 (日)

開園35周年記念のあじさい祭り

空梅雨で真夏並みの暑さが続く中、太閤山では開園35周年記念を迎え、恒例のあじさい祭りも斬新な企画を持ち出していた。

東京地区では6月中にも梅雨明けが発表され、九州南部で過去に6月に梅雨明けがあって以来、沖縄界隈以外では2回目、関東エリアなどを含む本州では前代未聞の事態であった。

北陸地方は昨日も午後から雨の予報が出されてはいたようであるが、それどころか、真夏並みの猛暑に見舞われ、梅雨の名物詩というには程遠い状態だ。こうした中、かつてジャパンエキスポという地方万博でJETタワーと呼ばれていた展望塔屋上にて初めて、天空カフェという喫茶店が初お目見え、これは小杉カントリークラブというゴルフ場が協賛運営していた。

今回、交通の便があまりよくないことで、本当なら車でというのは避けたかったが、早朝からやむなく車でという事になった。朝食をという事となっても小矢部の上り線のぷらっとパークを利用するか、コンビニもしくは駅のそばぐらいしか選択肢はないが、ぷらっとパークの場所は知っているのでそちらでという事となった。只今、サッカーワールドカップの開催もあり、高速のSAの食堂には食事目的でなくサッカー観戦を目的にテレビにしがみつきながらたむろしてることも予想されたが、その放送日でないこともありそれはなかったのが不幸中の幸いだ。

P6300021これは「初恋」という新品種であり、マクロレンズを使って接近してみた。ここまでの近接となると相当絞り込まないとならないことも多く、感度は640と大幅に上げられたが、十分にクリアな描写がされている。

P6300035F2.8のレンズも開放絞りであればかなりいい雰囲気での描写も可能だ。F1.2の標準レンズが出ているのでそれを入手したい考えもあるが、今の状況ではそれもやや難しい。しかし比較的小型なレンズでありこれ1本なら高速バスなどでの移動も難しくなさそうなので、なんとか考えたいところだ。

P6300074これも新品種、「ダンスパーティー」と呼ばれる品種だ。

P6300096これが太閤山ランド開園35周年の節目としてのアトラクション、シンセサイザー演奏会と天空カフェだ。

P6300097しかしながら、カフェの客以外は立ち入り禁止の指示が掲示板に張り出されていた。一瞬、観光客をなめてるのかとブチ切れたほどだ。

P6300098しかし雰囲気はなかなかよい。ドーナツやケーキのほか、アイスコーヒーやジュースなどもあり、この企画は今後も続けてほしいと感じる。

P6300101
P6300102展望塔そばの滝、これを超高速1/8000と低シャッター速度1/10にて比較撮り。1/8000ではさながら凍結したように粒状になって写し止められているが、1/10秒ではさながら幻想的だ。ISOはオートの事が多いので前者では1250までに上げられたが、後者の場合は拡張低感度で100までに落とされた。100だと1250に比べてかなり硬調であり、わが家のテレビでいうなら茶の間のアクオス(比較的軟調)と自室のビエラ(やや硬調)ほどの差がある感じだ。

P6300113雨天の予報が出されていたため、噴水パラダイスは停止中であったが、観光客、特に子供がせがむのでやむなく臨時運用に。これも万博以来四半世紀を経過しているため廃止になったかと思っていたら今も健在だ。やはり人気のアトラクションなのでそう簡単に廃止という事はなさそうだが、老朽化がかなり目立ってきているのは疑いようがない。

今回はE-M1、60mmマクロと12~40mmPROの2本のレンズであったが、車でというのならば40~150mmPROもあってよかった、そう思う。

その後、宇ノ気の家電量販店に足を運び、LED照明を拝見させていただいたついで、各社の新型テレビをちょっと拝見した。高級機は液晶に多大な自信を持つシャープ以外は液晶から有機ELに移行しており、シャープは液晶のメリットを生かし独自に8Kを出している。やはり液晶の技術に多大な自信があるからであろう。昔から独創性のある商品を出していただけに有機ELが出されても液晶を貫くという姿勢なのであろう。太陽電池も得意分野であり、プラズマクラスターなども独自でありほかの追従を許さないのは疑いようがない。

しかし今なお中級機以下は液晶テレビが主流であり、テレビのシェアはシャープが今なお1位である。次いでソニー・松下電器・東芝と続き、これがかつての男性アイドル御三家ではないが「テレビ4強御四家」と言われている。日立や三菱もテレビを出しているが、家電量販店への出荷や取り扱いを廃止する方向がメーカーから打ち出されたらしく、店頭にも見かけない。

自宅で使っている32Vのエントリーモデル同士を同じ周波数で比べて見たところ、肌色はシャープが一番きれいであり、赤系から青系までバランスが一番よく感じたのはソニーだ。東芝もやや軟調であるが赤系から青系までのバランスは良い感じだ。松下電器は青系はかなり冴えるが、赤系がくすむようであり、これがよけい硬い感じを受ける原因のようだ。確かにやや硬調な傾向だが切れ味がよくサッパリした辛さがあるという感じである。ソニーも調子はやや硬めであるが、赤系から青系まで均一にバランスよく出すので前に出てくるような印象であった。シャープは赤系統が冴えており、これが肌色がきれいに見えることにつながっている感じだが、青系がやや不得意な感じであり、調子もやや軟調なので暖色系が得意な感じもあり全体的に柔らかい落ち着いた印象を与え、日本的な印象を与える画質なのでシェアが高いかと思われるようだ。

レコードの音質やテレビ・写真の画質、特に解像感や発色・調子の軟硬などはメーカーやレーベルによるクセもかなりあるものの、根本的な結論を申し上げるともう電波に乗せられたり、レコードなどを吹き込む時点で決まってしまうというのが正論であることは疑いようがない事実であることを告げておく。

2018年5月13日 (日)

納骨終了と今後の方針

昨日、内灘霊園の合葬墓ビルヂングにて朝早くから納骨を済ませてきた。あそこ、権現森公園の一部のような形になっており、構内は町道扱いで一方通行だ。合葬墓ビルヂングは1階建て、建坪概ね30坪程度で、約1000体分の遺骨の埋蔵が可能だ。我が家では全員、生前予約済みであるが、親父が第一号で入ることとなった。
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Dsc_0022ビルヂングは能登側に5人分の参列スペースがあり、ここにて線香や花をあげて行う形となっている。金沢側は鉄鋼製の扉があり、奥には納骨室、そのさらに奥は地下に埋蔵スペースを設けてある。私共の場合はすべて直接、埋蔵室という事になっているが、納骨で申し込んだ場合、10年間骨壺のままの状態で納骨室に保管し、10年経過後埋蔵室に他者のお骨と混合して骨壺から出して埋蔵する形となるが、直接埋蔵を申し込んだ場合、納骨時に骨壺から出してすぐに埋蔵スペースに他者の遺骨と混合して埋蔵されるという事となり、今後改葬は一切不可能である。

しかし、今後の少子高齢化などを考えた場合、将来的にはこうしたほうが好ましいという考えが浸透しているのも疑いようのない事実である。また、昨今の若者はたとえ子供が出来ようと、墓の維持などの負担を考えたらこうしたほうが好ましいと考える輩も多くなってきているようであり、今後こうした合葬墓ビルヂングは各自治体をはじめ、民間の墓地でも増加傾向にあるのは疑いようがない。

少子高齢化の影響は墓の問題ばかりか、都市の衰退や地盤沈下にも影響が出始めている。すでに近辺でも個人商店の閉店や、労働力不足による中小企業の清算なども徐々に増えており、また最近、通勤時の渋滞もやや少なくなった感もあり、自家用車の台数も2015年ごろから徐々に減少しているという話も聞くが、その影響も少し見えてきているようだ。若者の車離れや免許保有の高齢者も平均寿命が近づいており、死亡もしくは運転免許の申請取り消し(自主返納)が増えてきたためと思われる。

今後、祭壇の撤去・親父の遺品の整理・親父が寝ていた奥の間の模様替えなどが残っており、今後もしばらく紆余曲折は続くものと考えられるが、ゲーセンとか観光などのレジャー目的の行動はこれでようやく解禁、車のipodも一時外していたが、昨日から復活している。夏休み期間には部屋の電燈の全面LED化を考えているが、吊り下げ式よりも直付け式のほうが部屋が広く感じるので好ましいのではないか、そう思う。

2018年4月 8日 (日)

人生、終わりまで「勉強」

親父の逝去から早くも2週間が経った。世帯主の座を親父から引き継ぎ、電気・ガス・水道・新聞・固定電話・固定資産税・NHK受信料などはすべて私が担うよう、忌引き中にその手続きを終わらせたが、親父の年金の停止と遺族年金の手続きが残っており、これは戸籍謄本や住民票の除票が、電子計算機システムの都合上、死亡届から1週間ほどかかり、先週半ばにようやくその処理が終わり、委任状をはじめ必要書類がそろったことで先週末、やむなく有給取得を行い、昼から浅野川電車で社会保険事務所に向かった。去る6日の午後3時に予約を入れておいたが、電車を降りて徒歩概ね15分ほど、予約時間まで40分ほど社会保険事務所のロビーで待ち、3時20分ごろ呼び出しがかかり、その手続きと相談に約1時間強を要した。その後、金沢駅で夕飯を食って、宇ノ気行きの路線バスで帰路につく。

親父は厚生年金のほかに市役所の共済からの年金もあり、厚生年金のうち、老齢年金は遺族年金への切り替えがなくこれで最後となり、基礎年金だけがその対象となる。また共済年金に関しても役所の共済のほうに社会保険事務所から連絡がいくという事で、戸籍謄本や住民票・母御の通帳のコピーなども2通取らされていた。はっきりとした月当たりの支給額は判らないが、親父が貰っていた額の概ね3分の2ほどであろう、との説明があった。

さらに、親父の口座がロックされたことで、今週13日が年金支給日であるが、これは払えないことで社会保険事務所に返金されることになるが、その前に手続きを済ませているので、その虞はないものの、3月23日死去までの合算分は3か月遅れで母御の口座に振り込まれる見込みであるとの説明があり、役所の共済からも書類等が届き、それによりその手続きがすべて完了することになる。

さらに新聞代が口座ロックで回収できず、私の口座から2か月分纏めて卸されることとなり、また電気代も同様の対応で、請求書が来たことでコンビニに支払いも行った。さらに固定電話についても継承という事で、戸籍謄本のコピー・死亡診断書・除票・免許証の写しを添付し、所定の手続き用紙を同封して郵送で手続きを行った。

公的な手続き、書類関係は必要事項を記載し、窓口の係員の指示に従って記載するだけなので、小学校卒業程度の知能があれば誰でも出来ることであるのは疑いようがないが、その書類関係の取得が面倒な場合も多いものであり、ここはいろいろと勉強しないとならないことだらけであり、ある意味配偶者のいる世帯主以上に大変であることも実感している。

さらに松任の宮永町、アサヒ装設と同じ所番地にある墓の整理の問題も残っている。ここは民営墓地のため、その連絡先等の表示もない為、それが出来ず母御は困っているようである。ちなみに、私のいとこが持っている墓が内灘の向粟崎にあるが、そこの墓地に確認に行ったところ、墓地内の地図の下に石材業者向けの連絡先があったが、これは向粟崎公民館のものであることが判明したが、松任の宮永にその確認に行ったところ、墓地内の地図は新しいものになってはいたが、連絡先がどこにも表示してないのである。おそらく、小規模な民営墓地の場合、石材店もしくは冠婚葬祭業者を経由して墓の整理などを行っているものと思われるが、そのために連絡先や管理人の名義を出さず、地図だけ表示しているという事なのかも知れない。

さらに葬儀社から四十九日法要の会席の案内が来ていたが、私の場合は家族葬であり、完全な内輪だけでの式であったため、僧侶だけ呼びその法要を行い、会席などの利用は一切しない方向でいるが、それでも腑に落ちないのであれば、私の部署の業務が15時ごろにすべて上がり次第時間引きを行い、広岡の葬儀社にで向かって聞いてみようかと思う。おそらく、葬儀スタッフは四十九日が終わったら自宅の祭壇を撤去する考えでいるので、その段取りに関しても考えているかと思うのですが・・・・。

香典を断ったにもかかわらず、近所からも数件、姉御の会社からも1件出ているが、私の方は事務所にもその旨を伝えたことで一切受け取ってはいない。新聞にも出さなかったという事は香典などは一切受け付けない方向というものと考えるべきであるが、一般には香典は必ず必要とか、新聞には載るものであるとかいう概念が非常に根強いことも事実であり、誤った情報が満ち溢れていることも疑いようがない。口座のロックに関しても、一般には銀行や信用金庫などにそれは永遠に没収され銀行のものにされてしまう、などと解釈されているのも現実のようであり、そのために高額な生命保険に入っているのでは、という考えもあり得るのは事実である。しかし実際には保護措置であり、所定の書類を提出すれば基本的には解除可能であり、私の場合は遺言等もなく、生命保険にも一切入っていないことも判っているので、法律事務所などへの出頭はないと思われる。それが遺言が絡んだり、相続人が多くその思惑が絡んでいたり、多額な生命保険金があったりするとこじれたり厄介なこととなり、法律事務所への手続きも必要になるであろう。

2018年2月 4日 (日)

立春と家の問題で続く紆余曲折

本日から暦の上では春になるという立春になる。しかし、昨日一昨日と寒さはやや和らぎ、初春の陽気もつかの間、今日目が覚めればまた大雪に見舞われている。明日以降も先月のような事態の多発も起こりうる状態であり、やはり気象庁の予報通り、3月半ばごろまでは大雪による交通障害や厳しい寒さが続く見込みのようである。

こうした中、私の無様な軽自動車の右前のホイールが縁石でリム縁が曲がったのである。先週末2日間、制度の大幅な改革で1時間以上早い出勤を義務付け命じられ、定時よりも1時間早く帰れることとなったが、部署のシャワーがこれでは入る余地がなく、1時間早い退庁であることから内灘の白帆台の公営銭湯に行ったときである。慣れない場所なので駐車場に入る際、右からフレームを破損したかのような轟音がしたのである。やや薄暗いので表面上は何ともなかったが、昨日朝見てみたら下の写真のようになっていたのであった。
P2040182
P2040184
そこで、近岡のカーショップに出向いたのであるが、縁だけなので空気が漏れる恐れはそれほどないが、長期的にはそこから徐々に漏れる可能性ありとのことで、ホイールを1本交換することとなり、今週末に再び近岡のカーショップに出向くこととなった。これもまだスチールホイールだからこの程度で済んだものの、これがもしアルミホイールであればホイールの曲がりだけでは済まず欠損やひび割れが起こり、空気漏れも起きその場で走行不能となっていたことであろう。

それよりも親父の介護の事だが、今週水曜にも温泉病院から話があるとのことだ。結局、施設待ちで一時入院中の田中町の病院の話によると、入所する予定だった内灘の医科大向かいの特養老人ホームの関係者も来院し様子を見たり、医師とも協議をした結果、介護だけではなく長期的な老年医学に係る医療が必要な状態であることから、特養入所しても長期的な医療が必要となると医科大に毎日通わせないとならないこととなり、また嚥下性肺炎の治療でも完治が難しく、リハビリにより介護度を下げる治療などを行ってはいるものの、嚥下機能の回復が難しく、また歩行器の使用も試みる訓練も行っては来たが、普通の食事や立って歩けるようになることもほぼ不可能に近く、介護指数は上がっても下がることは期待できず、訓練などを行ってもせいぜい現状維持ぐらいしか不可能であることが判明し、特養老人ホームの入所は難しいとの判定があり、医療型の介護施設以外に選択肢はなく、温泉病院が空き次第、そこに入所させ、最後まで看取るという方向で調整することとなったのである。特別養護老人ホームの入所期間は平均5年程度というデータが出てはいるが、死亡による退所がすべてではなく、入所中に常時重度の医療が必要になってきた場合などに医療型の介護施設に転所させたり、あるいは要介護指数が2以下に改善されたりした場合、グループホームや一般の老人ホームへの転所や、在宅介護やデイサービスへの転換を勧められ退所というケースもかなり多いらしい。特養老人ホームでは日常の訓練のほか、レクリエーション・旅行などもあり、純粋に介護を必要とする人ならば生活も可能だが、これでは常時医療を要する場合は難しいとの判断も当然であろう。

こうした事情から姉御は夜間勤務を断っているようであり、放課後の会合などへの参加も断っている状態であり、私の場合であってもやはり同じような事態であり、宿泊を伴う2日以上の旅行などの大型レジャーはもちろん困難な状態だ。たとえ日帰りであってもレジャー関連は難しい状態であり、そうであってもなるべく早く帰ってくることも必要であることからも、家にてレコードを回すとかラジオ・レンタルビデオなどで映画などというぐらいしか余暇の選択肢がないというのが現状だ。生活のための買い物とかで商店街へというのも姉御と母御が買い物中は極力留守番を余儀なくされ、結局夜に行くしかないというのが現状だ。

とにかく自宅での老々介護からは解放されているとはいえ、施設預けという事となると家族の身体的・精神的負担はなくなるものの、直接被介護者と接していないことから、命の危険や容体などの悪化、施設内で暴れるなどの事態があった場合、早朝・日中・深夜を問わず電話がかかって呼び出される可能性は自宅介護の場合に比べはるかに高くなることも事実であり、施設の使用料なども大きくなり、やはり同居家族は使えるお金や行動範囲を狭められることは自宅介護であろうと施設介護であろうと同じである。

子供の育児などは出生から概ね小学校低学年程度まで、着替えとか大小便の世話などが必要となる以降は概ね自立してくるのでめどは立つが、介護という事となるともう長くはないとはいえ、いつまで続くかわからないのも疑いようがない。高齢要介護者は身体的機能や精神年齢の低下などもあり、大きな赤ん坊を抱えていると同然であり、その家族も非常に負担がかかるものである。

2017年11月29日 (水)

親父の転院手続きと施設入所ほぼ決断

本日、第5週水曜日ということで私共の部署は強制的に有給休暇取得日となっている。しかしながら、要介護状態にある親父が嚥下性肺炎で入院中のところ、本日金沢市北部のリハビリ施設の併設された病院に転院することとなり、母御は足腰の痛みやふらつきがあり、要介護とまではいかずほぼ自立してはいるが、実質要支援1に相当する状態であることから行けず、私が強制有給休暇ということもあり私が1人でそれらの手続きを行うこととなり、ほぼ丸1日が潰れるという始末だ。

ついで、11月末ということで12月のボーナス相当額分を普通預金から定期預金に移し、その先倒しも行った。ついで、町の福祉課に寄り、役所の事務員に問い合わせた要介護者の扶養控除の件について、私本人がその当時電話に出た担当者を呼び、詳細な事項を確認した。これによると、要介護申請時の医者の所見等により、痴呆度、寝たきり度共に障害者条件を満たすことがわかり、特別障害者ということが判明した。年金の支給額は限度をはるかに超えているため、年末調整時にそれが適用されるかどうかは判らないものの、来年年明けにもその通知が来るということで、それをもとに確定申告を行い、来年の年末調整時にその証明書を添付することでその恩恵を受けられる可能性もあるらしい。

医科大側の紹介でのリハビリ転院手続き、医科大側ではほぼ看護師や医療事務員などの指示に従い、会計を済ませ移動可能な荷物を私の無様な車に積み込むだけであったが、待ち時間が非常に長かった。そこで医科大のレストランにてお昼を、ということとなったが、洋食飯であっても味の美味さよりは健康第一という感じで作られている、そんな感じであり、炒め物のご飯類であっても本来バターを使うものがマーガリン使用といった感じであった。味付けにしても繁華街などで頂くのよりはかなりあっさりした感じであり、ここはやはり病院内のレストランであることが感じられる。

昼から新しいリハビリ病院に向かったが、そこの手続きでやはり難題を強いられ、母御に電話する羽目になった。手続きの書類自体は概ね小学校卒業程度の知能があれば処理可能な内容ではあるが、看護師からの質問などにかなり難儀なことを聞かされ、母御に電話で助けを求めた次第だ。私は高校卒業でありながら赤点ギリギリでの卒業であり、実質幼稚園卒の学力しかないというのも正直なところであり、いかに親に頼った生活を半世紀してきたかが感じられ、青春時代に勉強が出来なかった弊害を強く感じた次第だ。

親二人とも近い将来お迎えの危険性も非常に大きく、そうなった後でも自立して暮らせるだけの考えは必要だ。私が軽自動車にした理由もそこにあるわけだが、親の年金が入らない、親二人とも貧乏ゆえに何の保険にも入っていない、となると節約の重要性は高いからだ。

姉御は親の介護などを理由にかなり会社を休んでおり、これ以上会社が休めないということと母御も体が好ましくないことで私がということとなったが、私も公務員であり、有給休暇に恵まれておりながらも、人員の面で厳しくほとんど取得不可能なのが現状であり、今後こうなるとかなりつらい人生が待ち構えている。

今回の転院も老人施設入所までのつなぎという条件でのことであるが、医科大側も、今回の転院先の医師からもこの状態では在宅で老々介護は好ましくなく、施設入所などを行った方が好ましいとの所見であり、働いた給与が毎月すべて消えたり、それに加え定期貯金などを崩してでも暮らさないとならない事態になっても親の介護優先ということとならざるを得ず、自宅で老々介護であろうと、施設預けであろうと、私共もレジャーなど思うように行うことは困難であり、どちらにしても著しく行動範囲を狭められることは疑いようがない。施設入所となるとお金の面で苦しくなる問題もあるが、介護理由に退職しないとならない可能性はほぼなくなる。しかし職場などの懇親会や食事会などがあっても強固に断らざるを得ず、遠方へのレジャー目的の旅行などもこの先半永久的に完全に不可能だ。

要介護の家族を抱えていればこうした事態も当然のことであるのは通常の社会人の知能があれば何の疑いをはさむことなく理解できようかと思うし、そうであって然るべきである。

2017年10月 1日 (日)

本格的な秋の到来と要介護者との紆余曲折

10月に突入し、本格的な秋の到来となった。気温的には今時分、平年では6月頭のそれとほぼ同じであるが、暑さ慣れのせいか寒さも感じる。この後、平年では5月下旬の気温へと移り変わり、今月末にはもう4月下旬の気温にまで戻る。こうなると冬用肌着類や冬服、灯油の準備も必要になってくる。

先々週から週2回程度のデイサービスに通い出したが、先週は1回だけしか行っていない。親父はバスの中でうんこが出るからとか、そういって行かないことも多かったが、体がかゆいとか言い出し、金曜日にようやく通ったという始末だ。昨日も物が落ちたとか、ラジオが聞こえんとか言って夜中に暴れ、常時監視が必要という始末だ。

こうなると毎日でも通わせるしか方法がなく、ケアマネともそのように調整し、空きが出来次第特養入所の段取りもできている。この状態ではボーリング大会は声をかけられても強固に断らざるを得ず、組合動員もちょっと相談して見合わせていただこうかと思う。部署行事なども親の介護を理由に断らないとならない事態も濃厚だ。

それにこうなると、レジャー以外の買い物なども満足にできない状態になってくる。当然、宿泊旅行とかも困難であり、せいぜい富山か福井、その近辺ぐらいで日帰りぐらいしかレジャーは不可能だ。予約制の列車やバスが使えるところであっても純粋な日帰りが可能なのは高山ぐらいしかなく、同居家族もレジャー等に大きく制限がかかっているのがわが家の現状だ。東京・大阪等はこの状態ではほとんど不可能だ。そのため、近辺での買い物以外では貸しレコードか、少々ゲームをというぐらいしかレジャーの選択肢がない状態だ。

今週には砺波でコスモス祭りが開会されるが、これも早朝に出て午前中に何とか帰らないとならないし、高速バスの予約でも純粋な日帰りが可能な高山あたり(金沢08:10発、高山16:30発があるので、日帰りは確実に可能だが、今の状態ではこれがせいぜい限界だ)しか不可能であり、いつまでこのような制約が付きまとうのかと思うと非常に窮困だ。母御も夜中に起こされて寝られない状態であり、最悪は私共が離職しないとならないこともありうる状態だ。

さらに運転免許の更新も来ており、これも来週の今日に何とかやりたい。深視力がもういくらやっても合わないことが判明したので、5月の第5水曜の有給休暇強制取得日に大型免許を自主返納したのだから、適性でまごつくことはなくなったのはなによりだ。役所から中型免許を取るように諮問されても、深視力不良では入校も受験も不可能である。これは中型のみならず、準中型や大型・けん引免許や第2種免許でも同様であり、私の場合は深視力がいくらやっても通らないことが明確なのでこれらの免許はもう取得は不可能である。

あと何年このような状態が続くかわからないが、介護というものは心労も大きく、並大抵のものではない。

2017年9月24日 (日)

要介護者とケータイ故障

親父の状態、ケアマネと同居家族全員で面談・相談の結果、週1回のデイサービスという事であったが、今後平日中、余地があればほぼ毎日通わせることで同意した。しかし、満杯の事もあるので、必ず毎日という事ではないが、週3回程度は少なくとも通う事になるようだ。金曜にはその出発の様子を見守ってはいたが、10人乗り程度のリフト付きマイクロバスで来る。介助者は男性1人、女性2人でうち一人は医科大の看護学生であった。部屋から車椅子に載せ、後方のドアからリフトでマイクロバスに乗せる。ハイエースとかキャラバンぐらいの大きさで、ギリギリ普通免許で乗れる範囲だ。

一昨日は予定外のデイサービスを入れたが、それ以来親父は施設の対応が気に入ったらしく、出来れば入所させてくれとか言って暴れる。入所待機は一応やってあるが、先着順かつ、要介護指数の上位の者が優先であり、要介護3であれば入所資格は満たしているもの、先着をさしおいて優先することも難しい。要介護4とか5などの上位の指数ではそうした場合もありうるようだ。

金曜にはデイサービスの人に状況を伝えておき、水曜日にはおむつを脱いだり、トイレットペーパーを食って自殺するなどとか言って大暴れして、しかも深夜に大暴れということで隣や裏隣りの旦那や主婦が玄関を介さず、ブロックをまたいで裏の長窓から見に来た始末であったことも介護の人に言ったらしい。

あれ以来大暴れはないが、いつまた暴れるかわからない状態であり、ケアマネと老人施設の人の話では、頻繁にそうした行動があるようなら高松病院に痴呆症の診察を行った方がいいとのことであり、施設内でもそういうことがあったらそう対応する考えだ。

このような状態では常時監視が必要と言っても過言ではなく、要介護3どころか4でもおかしくないというのが正直なところだ。とにかく要介護者を抱えている場合、在宅介護であろうと、デイサービスやショートステイ、あるいは入所などの方法を取っていても、同居家族は行動範囲を大きく狭められ、旅行・スポーツなどのレジャーも難しく、特に1泊2日まるごと以上となるとほとんど不可能である。私の場合でもまだ昨年は今ほど重度ではなかったので夜行日帰りぐらいは可能であったが、今回はそれも難しく、出来ても富山とか福井程度のところが限界だ。

それはさておき、ケータイが不調に襲われた。画面がちらつくようになり、再起動後に画面がストップし、ボタンを押すと画面が出るが、ボタンの反応も遅く、ネットも遅いなどの不具合が多くなっておりもう末期症状であった。普段はほとんどかかってこない電話であるものの、要介護者を抱えている状態こそ最も携帯電話が必要なのは疑いようがない。容体によっては何時電話が自宅や介護の人からかかってくるかもわからず、状況によってはそれによって帰宅しないとならないことなどもありうる。富山・福井当たりとか、映画・展覧会・ゲームなど近間の短時間レジャーであっても何かあったら途中で抜けて帰宅ということも考えられる状態であり、親父が死ぬまで続くかと思うと非常にうんざりだというのも正直なところだ。しかし要介護者本人が最もつらいことを考えればそうも言ってられない。

ケータイ、結局機種変更も考えたが、2年前の機種ということで保守部品もあと3年あるということからもセルラーショップのスタッフは修理を勧め、結局同一機種と交換、故障品をゆうメールで送付ということで妥結し、代替機を1日借り、今日午後にセルラーショップに取りに行った。現在その環境復旧中でもある。

ケータイ、いいところよく持っても3年、一般的には2年ほどで故障が来ることも多いらしい。常時電源を入れた状態が多いのですから。しかし要介護者を抱えている状態ではその家族もケータイはたとえ掛けたり掛ってこなかったとしても絶対に必要なのは疑いようがない。母御からはもとより、介護の人からいつ掛かってきてもおかしくないですから。

明日もデイサービス行きがあるが、明日は頭の体操ということでラジオを聴く時間がるということでヘッドホンを持参するように、とのことだ、老人施設から。そのための買い足しなども急きょ休暇中にやっており、しかも夜の8時過ぎに行っているという始末だ。日中は要介護者の監視必要ということですから。

2017年9月21日 (木)

デイサービスから帰宅後、問題行動

今週から週2~3回程度デイサービス通いとなった。しかし、昨日帰宅後、丸裸になって畳の上で暴れているのである。紙おむつを放り脱いで、足が痛いとか言って暴れており、靴下も履いていないのに履いているから脱がせろと言って大暴れする。さらに昨日夜から深夜にかけておむつを着用させたのにそれを勝手に脱ぎ、ぬがにゃ駄目なんやとか言って2時間以上も暴れ、暴れた挙句に布団でションベンを漏らすなど、もう手に負えない状態だ。姉御はやむなくデイサービス施設の時間外に相談し、さらにかかりつけの医科大にも深夜にもかかわらず電話して対処方法を探るなどさんざんだ。暴れる親父を押さえつけるため、やむなくロープで手足を縛るなど行った。それはおむつを勝手に脱がれたりするからだ。そうしたらそうしたで大声で暴れ出し、隣のタイル屋の親父や裏隣りの主婦など、玄関から入らずにブロックをまたいで見に来たほどであった。さらにトイレットペーパーを食いだし、わしゃコレのどに詰まらせて死ぬがや、とか言ってまた暴れ出すのである。

これではもう精神病院以外に選択の余地はなく、私や姉御は余儀なく会社や役所を休むことを余儀なくされ、昼にケアマネージャーを呼んで相談することに。ケアマネは親父を何とかなだめて説得し、少し小康状態にななったものの、明日にデイサービスにとりあえず送り、再び帰宅後暴れるようであればもう精神病院でも行った方がいい、との所見もあった。

親父の場合、2年前に立って歩けなくなった際、医科大の神経科ではすでに脳神経がいかれているとの所見があり、現在も痴呆の状況が進み、それも全般的な痴呆ではないが、部分的に痴呆症状があり、幻覚とか妄想的な発言が多いようであり、介護保険申請時に意見書を書いた医者の往診でも話のつじつまが合わないという。昼夜の区別もつかず、私や姉御の顔とか着用している衣類も識別できないこともしばしばである。

とにかく明日もデイサービスを早急に入れたとはいえ、予断を許さず、明日も上司に電話して様子を見る考えだ。今年など永年勤続のレジャー助成が当たらなくて、まだそれが昨年度で本当によかった。今年などそうであっても宿泊レジャーは困難だからだ。とにかく、昨年までは何とか普通の知能があったようだが、今夏ごろから知能の低下も進行したようであり、もう幼稚園児か小学校1、2年生程度の知能しかないようである。暴れるとションベンを漏らしたりするようなことから見てもこれは間違いない。

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