最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

音楽

2017年4月10日 (月)

サラウンドスピーカーとメインPCスピーカーをトレード

昨日は久々の本格的なデジタル一眼の駆使という事で余地がなかったが、自室のオーディオ、サラウンドリアスピーカーを今までPC用に使っていたものと相互トレードを先日行った。その理由だが、定格入力は同じ30W、周波数帯域も120~20000HZと全く同じだが、今までPCに使っていたのは8センチのシングルコーンフルレンジ、サラウンド用には5.7センチウーファーと2.5センチバランスドームツイーターの2ウエイであり、オーディオ用には2ウエイのほうが好ましいと思っていた。しかし、サラウンド時やFMラジオを聴くときに多いマルチCHステレオ(フロントとサラウンドリアスピーカーから同一のステレオ音響を流すモード)にて、リアスピーカーからの中高音域がうるさく感じたことで、何とか整合性を取りたく考えたことからそうしたのである。

P4100150サラウンドリアスピーカーには今までPCに使っていた8センチフルレンジに。

P4100151PCスピーカーは今までサラウンドリアに使っていたものと交換。

実際、許容入力や再生帯域が同じスペックであっても、実際にレコードをかけたり、映画などを見ていると、異なるスピーカーではふざけるな!と喚きたくなるほど音質に大きなかい離があるのは疑いようがない。8センチシングルコーンのフルレンジのほうは比較的自然な音質であるが、5.7センチ2ウエイのほうは高音域が強調されており、それが中高音域がうるさく感じ不自然に感じる原因だった。

本日、昨日深夜のアイドル番組と、帰宅時にやっているアニメ(ともにBS)の録画を見ていたが、やはり今までに比べドルビーサラウンドやDTS-X使用時、サラウンドスピーカーからの中高音がうるさく感じることはなくなり、より自然な臨場感が得られた。今後、旅行などのレジャーも家庭事情的に行動範囲を大きく狭められてる現状では、ホームオーディオの活躍も多くなり、より快適に映画やラジオ・レコードなどを楽しめる環境づくりというものは一層重要に感じる。ということで今回、平日にもかかわらず急遽追記という事となった。写真はオリンパスXZ-1によるものだが、このカメラも今や芸術性を問われない記録とか、補足説明などで写真が必要な場合のみの活躍となっている。

2016年3月20日 (日)

クルン高岡「ありがとうサラダボウル」

在来線高岡駅の商業施設「クルン高岡」が今年で丸2年を迎える。しかしながら、業績が思わしくなくひいひいしながら営業しているのが現状だ。新幹線開業を見込んだことや旧駅ビルの老朽化による建て替え及び改装となったが、従前に比べ店舗数を大幅に減らすとともに、在来線駅ビルは市民や通勤通学客・近県や県内の観光客をコアターゲットとした構成を行い、ある意味正しい方向性であることが感じられたというのが正直なところだ。

しかしながら、今月限りで数店舗が撤退するらしく、B1の婦人服店と、八百屋である「サラダボウル」もその対象となっている。やはり新幹線開業後、主力の旅客がそちらに流れたことで思うほどの売り上げや人通りがないらしい。そうしたことがこの背景にあるが、このように空きテナントが出ると今後のイメージダウンのリスクも否めない。昨年撤退したベーグル店には同2Fの富岡屋支店である立ち飲み居酒屋「お富」が入って埋め合わせができたが、B1Fが2店舗撤退というのは大きな穴だ。私としては、2Fのテナントの中には、むしろB1に置くことが向いている店舗もあるというのが正直な所見であり、たとえばベーカリーの「リトルマーメイド」などは従前同様の規模で2Fでやるよりは、むしろB1Fの今のサラダボウルの位置にあるスペースでイートインなどを設けて拡張営業したほうが好ましいか、そう思う。地上に比べて落ち着いて休憩可能なスペースも豊富だし、そこでの飲食も可能なのですから。

それはさておきサラダボウルのありがとうライブ、数日前ネットで知り、足を運ぶこととなった。夏タイヤの乗り心地や速度が速い時の快適さや安定感の高さを試すいい機会にもなったが、このサラダボウルには七夕祭りや古城公園などでの写真撮りの時など、そこの生ジュースやスムージーをよく頂いていたこともあり、これはちょっと顔を出さないと後悔するとのことで出向いたのである。地元出身のシンガーソングライターを主体とする無料ライブで、クルンB1Fのステージにて午後約3時間半にて行われた。

P3201197_2
P3201228_2
P3201231_2
P3201234_2
P3201240_2
P3201242_2
P3201342_2
P3201353_2B1ではサラダボウルのほか、婦人服のEuro Linkも今月限りで撤退する。今回、サラダボウルとゆかりのあった地元出身の歌手やアマチュアバンドなどが集結し、2年間の短い間ではあったが、サラダボウルに感謝を込めた無料ライブということとなった。今回使用したカメラはE-M5 MarkIIで、使用レンズはM.ZUIKO14~150mmF4~5.6、一部デジタルテレコン使用、ISOは3200~12800だ。暗いレンズで屋内イベントということであえて大幅にISOを上げることとなったが、マナーの面からも静音モードで完全電子シャッターのみの撮影となった。しかし、完全電子シャッターは走査線の関係上、幕速が50ms相当となり、LED照明下では縞模様の乱れが生じたりする。しかし最高で1/16000秒が使えるなど、日中屋外で開放絞りが必要な場面でも使いやすいことは事実だが、被写体の動きがある場合、ストップモーション効果にて大きな像のゆがみが出るので注意が必要だ。

それよりも日曜夕方の場合、小矢部のアウトレットから天田峠に向かう交差点までの間が非常に渋滞する。これは概ね5KMもの渋滞であり、本来なら数分で通過するのが20分もかかるという始末だ。何か事故でも、と思ったが、アウトレットが開業以降、日曜夕方は慢性的な渋滞に多くのドライバーが非常に腹の立つ思いをさせられているらしい。この場合、8号線は避け、天田峠に迂回したほうが賢明なようだ。

2014年12月20日 (土)

オーディオ機器、ピュアオーディオセミプロ機は時代遅れ?

オーディオ機器、私は今なお2Chのセミプロ機ピュアオーディオに執着し続けている。5.1Chなどのソースは一部の映画や音楽ライブなどに限られていることや、やはり絶対的な高忠実度などから今なおこだわり続けているのである。写真に関してはとっくにフイルムカメラを切り捨てたほどのものが何でこんな時代遅れな、と思うかも知れないが、青春時代からのアナログ盤も少なくないこともこうして今に至っている理由でもあるわけだ。

ところが、最近のテレビはアナログ入出力どころか、デジタル音声出力までも廃止され、HDMIやUSB端子のみ、というのが多く、BD/DVDデッキの現行品もほとんどがそうなのである。こうなると、私が現在使っているオーディオアンプでは一切使えなくなるという事だ。こうなると、いずれはピュアオーディオ用アンプをAVアンプに置き換える必要にも迫られているのが現状だ。

しかし、私の自室は6畳であり、部屋の広さからも5.1Chなどの設置は難しい。スピーカーもせいぜい、リア用に超小型のものを設置すること以外は困難な状況であり、センタースピーカーやサブウーファーなどの設置も当然、困難だ。テレビは23Vの地デジ対応であるが、長年独身を貫いており、当面この状況になりそうであることからもこの大きさで何ら不満もなく十分であるが、私のテレビはHDMI非対応(DVD/HDDデッキは対応)であり、これだけでもそうしないと今後苦しい面も考えられる。一方、茶の間も6畳であり、ここには26V型のHDMI対応機があるが、私はこれを32V型に置き換え、現行の23V型を売却し、現在茶の間にある26Vに置き換えようかと考えている。私も結婚しているのであれば個室であっても26~32Vを考えてはいるが、今では画面サイズのラインアップも変わり、茶の間には37V以上が標準になっており、それ以下は個室向けのようになっている。しかし6畳間であれば茶の間とはいえ26Vでも十分であり、32Vもあれば十二分すぎるぐらいだ。私の自宅は建坪が25坪弱と、アパートやマンションに毛が生えたような大きさであり、一戸建ての標準的な水準から見れば貧乏な家屋で体裁が悪いぐらいであることから、32V超の大きなテレビは無用の長物といっても過言ではない。

しかしそれ以前に、来年夏休み期間中に軽自動車のミニバンへの買い替え計画があり、それに支障がきたさないようにもしないとならない。AVアンプ、私が今使っているアンプと同等の性能のものとなると15万前後になる。こうなると、AVアンプで最もエントリーな価格帯の5万円台ぐらいのもので妥協しないとならないだろう。またアナログ入力も混在しているが、アナログレコードを演奏するためにはフォノイコライザーアンプが必要だ。これはMCカートリッジ対応のもので2万円前後からあるが、これも必需品になろうかと思われる。AVアンプは従来の2Chステレオの接続でも使用可能なようであるが、やはり最低でも4Chの接続をしないとその真価が生かせないのも疑いようがない。DENONからチューナー内蔵のAVレシーバーが出ているが、これを流用するのもいいか、そう思う。

ピュアオーディオアンプも今や時代遅れ、最近の新型テレビやDVD/BDデッキの状況からもつくづくと感じるようになってきた。テレビ番組といっても天気予報とか情報主体のバラエティー、ニュースなどであればテレビ本体のアンプやスピーカーでも不満はないが、やはり音楽・舞台・スポーツとか映画・アニメなどという事になると本格的なオーディオ機器での再生でないと不満もあり苦しい。 今のより心臓部のグレードは落とすことは予算などの関係を見てもそうせざるを得ないが、やはり時代の流れに沿う事も必要なのか、つくづくそう考えさせられる。AVアンプ換装後も当面、2Chでいく事にもなりそうだが、中古でもいいから超小型のリアスピーカーも必要になってくるであろう。

しかしこれは軽自動車購入後の課題となりそうだ。32Vのテレビは今や非常に手頃になったので軽自動車計画に響くことはあまりないかも知れないが、それでもやはり苦しい状況が直面しそうだ。

2014年10月19日 (日)

アナログレコードの音の表現

今やデジタルオーディオの陰に隠れてしまったアナログレコードであるが、これはある意味、デジタル以上に奥が深いものであることを感じさせられる。写真でもほとんどがデジタル化され、営業写真館や写真展を主眼とするプロですら主力はデジタル撮影になっているのも疑いようがない。写真ではデジタルではフイルムを変えるような表現の違いをカメラ側設定やPC処理で可能ではあるが、オーディオではそれが出来ず、その機種固有の音色しか出せないというのも正直なところだ。

こうした中、アナログレコードではカートリッジという、再生針が付いた機器を交換することで、同じ写真をフイルムやほかの同焦点距離レンズに変えたかのような描写力の違いを味わうように、カートリッジごとに違った音の描写を味わう事が出来るのも奥が深い。

私が使っているカートリッジ、DENONのDL-103、DL-301IIの2本であり、MCタイプだ。一般にカートリッジの発電方式としては、針先の振動を磁石の振動によってコイルに起電力を与えるMM(ムービングマグネット)タイプと、針先の振動をコイルに直接与え、強力な磁石の磁界の中で起電力を起こすMC(ムービングコイル)の2タイプがあり、一般に普及しているのは前者であり、後者は上級アマチュアや放送局・音楽評論家などのプロ向きとされる。

音質的にもMMタイプは平凡な鳴り方、写真でいうならネガカラーフイルム的な表現である。MCタイプは豊かな鳴りと繊細で解像感の高い鳴り方で、写真でいうならリバーサルカラーフイルム的な表現だ。その同じメーカー、タイプのカートリッジでも、機種によってこんなに違うものか、と驚愕させられる。

Pa192187これはDL-103MCカートリッジ。放送局をはじめ、アフレコなどのスタジオや、各レコード会社がレコード製品試聴用に使うなど、本来プロ用途を主眼に開発されている。針先は16.5ミクロンの丸針で、針圧は2.5グラム。プロ用途だけに多少反りのあるレコードや、深い傷のあるレコードをかけざるを得ない場合も少なくない場合にも特性やタフさを発揮するというもので、もう50年以上前に開発された基本設計だ。音質は重量感のある低音に色付けのない中高音が載り、バランスの非常に良い感じであり、銀塩写真フイルムでいうならさながらフジクロームプロビア100(RDPII)の表現力だ。

Pa192188これはDL-301IIMCカートリッジ。切れ込みのよさと中・高音域強調型の鳴り方で、ロックやJ-POP、エレクトリックサウンドやアニメサントラなど、比較的若向けの楽曲にマッチするといわれてきた。針先は1:2の扁平比を持つ特殊楕円針で、針圧は1.4グラム。音質は解像感の高い低音域を背景的に出しながら、切れ味が鋭く色彩感の非常に高い中高音を前に出してくる感じの鳴り方であり、銀塩写真フイルムでいうならさながらフジクロームベルビア(RVP)の表現力だ。

MCカートリッジ、写真でいうリバーサルフイルム的な音楽表現は非常に魅力だが、MMカートリッジのように針交換が自分でできない。そのため、針先が摩耗した場合、メーカーにカートリッジごと送り返し、約2週間程度の納期を待ってカートリッジ自体を新品交換することになるが、この場合、本体購入時の約6割の価格で新品になるという事だ。しかしアナログレコード関連の機器は価格が改訂され、針交換は2万円強はかかることになるわけだ。これもいつまでこうしたサービスが提供されるか判らない、というのが正直なところである。

現像所での写真プリントも今やデジタル露光が主力となり、アナログ露光は白黒プリントしかなくなっているようだ。カラーの場合、ネガプリントでもリバーサルプリントでもデジタル露光のプリントだけになっている、フジカラーの現像所では。手焼きプリントはカラーではもう依頼できないが、トリミング指定などで手焼き風仕上げ、というのは可能なようだ。こうなると、フイルム派にはいっそう肩身が狭くなり、デジタルに乗り換えた方が賢明であるのも疑いようがない。しかし、風情を求める何か、というのも現代には必要ではないか、そう感じる面も少なくない。

2014年10月11日 (土)

アナログレコードの風情と美意識

レコードの世界、今や音楽CDを上回る高音質の配信であるハイレゾ音源もリリースされている。そうでなくともレコード販売の主力は従来のCDやテープ・アナログ盤といったパッケージメディアでなく、ダウンロードに移ってきているのも疑いようがない。それが既存のレコード店の減少、という事態を引き起こしたものと思われるが、これで音楽CDの終焉を迎える可能性も否めない。

とっくに終焉を迎えたものとしては、アナログレコードがある。これは私が子供時代をはじめ、青春真っ只中の時代にはよくお世話になったものだ。音楽CDの普及まで、長らくレコードの主力であり、ポピュラーなものであった。おそらく今の30歳代以下の若者世代はアナログレコードの音を知らない、いやそれ自体知らないという者がほとんどであろうと思うし、今なおアナログレコードを使い続けているというのは少なくとも私の年齢以上の者が大半であることも疑いようがない。

アナログレコード、写真に例えるならフイルムによる銀塩写真、といえよう。最近の新譜はすべて演歌歌謡曲の一部にカセットテープが生き延びているケースを除き、音楽CDもしくはダウンロードばかりであるが、以前のものでアナログレコードでしか味わえないものも少なくない。今のデジタルに比べると音が悪い、と言われるが、私はそうは思わない。アナログレコードでなければ味わえない大らかさ、くつろぎ感というものもあるわけだ。

アナログレコードはレコード盤面に掘られた溝の波形状になった左右の動き、これが針振動として直接音響になるわけだ。その証拠ではないが、アンプの音量を下げた状態で、レコードの針先に耳を当てると、かすかながら音楽が鳴っているのが判る。これをピックアップでマイクと同じ原理で電気的な音響に変えて再生してるのである。そのため、摩耗により多数回の再生で高音部の解像力が低下し、ノイズも増えてくるわけだ。レコードの針先が摩耗した場合もほぼ同様の事態が起きるため、概ね30センチLP300~600枚程度の時間で交換することが推奨されているという。

しかし、多少曖昧さはあり、機械的な振動を利用することから盤面の傷やほこりがノイズになるなどの面もあるが、そこにまた風情を感じる。アナログレコードの音に慣れると、今のデジタルの音が荒く感じることもある。写真でいう画素数の限界と同じようなものも感じてしまうわけだ。聴感上の解像力はデジタルが上であるのは疑いようはないが、アナログのほうがどちらかというと自然感というか、大らかで温かみを感じる。それにプレーヤー上でレコードが回っているのも視覚的に風情がある。このように、音楽CDやダウンロード音源では味わえない風情と美意識、これもアナログレコードならではのものだ。

アナログレコード、どちらかというとクラシックとかポールモーリアなどに代表されるイージーリスニング系、いわばムード音楽、喫茶店などでよく掛かっているジャンルであり、こうしたもののほうが相性がいい感じだ。秋の夜長という事もあり、これはある意味一つの贅沢のようにも感じてしまう。

今回、その様子をOLYMPUS CAPTUREによるPCからの遠隔操作で三脚撮影を行った。E-M1と12~40mmPRO、WB AUTO、ISO AUTO、スポット測光だ。その風情を堪能していただければ幸いに思う。

Pa110002
Pa110003



2013年3月31日 (日)

商業流通、消費者の意図に必ずしも応えているものなのか?

私どもは日常生活を営んでいる以上、必ず何らかの商業活動の世話になっている。物販はもとより、レジャー産業・飲食など様々なものがあり、必ず何らかのサービスを受けているものである。

しかし、これらもすべてが消費者、すなわち一般国民の要求を反映しているかといえば、そうではない。前回のレンタルビデオの事情もそうであるが、ほかの分野であっても結構、独占的な流通が多いのは事実である。

たとえばカメラ、国内メーカーであり、現在発売中のものであればほとんどのカメラ店や写真用品店にて取り扱われており、店頭にない場合であっても取り寄せも可能だ。しかし、ローライとかライカなどの海外の一流メーカーの製品は必ずしもそうではなく、店舗によっては取り扱わず、決まった所だけに流通されているケースが多い。音響機器でもネット販売のみに流通、というものもあり、さらに通常の生活雑貨・ファッション・食料品でもネット販売専用として流れているものもある。レンタルビデオでもかなり人気の映画が、あるチェーン店の独占レンタルということも見られており、こういう場合はあらかじめ消費者が決まった流通ルートに流れていることを理解しているので、別に苛立たしさとか腹が立つ思いはしないかと思う。

しかしながら、発売元がこうした独占的なルートで商品を流すというスタンスであるわけでないのに、一部の店舗にしか流れない、これは非常に腹が立つというのが正直なところだ。ここはやはり書籍などの発売元の営利や利害に目がくらんだ思惑から、卸側が強気の体制に出て、特定の書籍についても決まった所にしか流しておらず、店頭にないところでは「諸般の事情から取り寄せは出来ませんので、他の所に回ってください」と言い渡される場合もあるらしい。販売目的の商品ですらこういう事態もあるのですから、レンタルビデオの場合はよけい、そういう事態が多いのもわからないこともない。

私としてはより多くの所に流したほうがその店舗の活性化にもつながるであろうし、客足も伸びるので、別に悪い影響ばかり与えるというわけではないと思うのだが・・・それでも出荷に対して利益がない場合、商品の販売やレンタルを継続することが難しくなってくる側面もあるのだろう。またレンタルビデオも店頭を見渡していると、今はほとんど需要の無いような旧作なども多くみられるが、これらを置くほうが店舗側にはよほど負担になっているかと思う。なぜならば旧作は料金が大幅に安いことからも、新作などに比べれば収益性は低いかと思われるからだ。しかしレンタルの場合、セル版とは異なり、同じタイトルについてはリピーターも多いのが現状であり、置けば置くほど赤字になるようであっても、一人でもリピーターなどがいる限りは、顧客からの苦情も出ることなどから撤去できないという事情もあるらしい。

そうした事から、店舗側の都合で新作や新譜が出ても置かない所と、置く所があるのも理由の一つといえるが、需要がかなりあるにもかかわらず、各地でも一部店舗で扱われないという共通した特徴がある場合、これは店舗側の都合であることは考えにくく、やはり製作元などの都合から、卸に対して流したい所を選んで、独占的な流通を行っているに違いない。

こうした事態が多くの難民を生み出しているものである。書籍や映像・音楽などの流通、視聴者を無視したような利害絡みの商法は避けていただきたい、そう思う。独占的な販売戦略をとるのであれば、そうである旨をはっきりと明示するなどしていただいたほうが、消費者としても納得がいくのではないでしょうか?

2013年3月23日 (土)

春彼岸雑感

春彼岸も中日を過ぎ、年度末の忙しなさが日に日に増してくるこの頃である。私どもの部署でも来週初めには人事異動が出され、私も返り咲きながらも今のところで丸6年といううことで、再び西金沢という可能性も多分にある。ここ数年、人事異動は数人であったが、今年は課長が変わり、管理職以外の現業職員も一部、本部に動くという異例の事態が昨秋にあったことなどから、久しぶりに大幅な人事異動による配置換えの可能性も高い状態である。こうなると、10年前後在籍とは限らず、5年以上であれば半々に可能性は否めないと言っても過言では無い状態である。

先週は部署行事の写真担当を毎年行っており、E-5が久々に活躍したが、参加者が少ないことで、枚数もかなり抑えられた。本日、希望者へも焼き増しを行い、人事異動で転出する人には現像所仕上げでなく、自宅のパソコンから出力してこれはこの部署で汗水を垂らしながら苦労した証としても意味合いも有り、無償でわたすつもりである。

しかしながら、昨日、通常の近視用と遠近両用の度が合わなくなり、枠を据え置きとしてレンズだけ交換と言うことになった。公傷で休暇中、遠近両用ではDS3などの携帯ゲームやパソコンなどの画面を長時間見ることがつらい面も有り、近距離重視の度数設定にして中近両用メガネを作ったが、そのときに乱視の度がやや進み、角度もやや変わってきたと言うことで、問題なければ従来の遠用メガネはそのままで、ということであったが、乱視の度が強い左目では近方、遠方共に物が二重になったり、流れたりして見づらいと言うことで決断した。通常近視用は度数を大幅に落とし、新しい乱視度数に切り替えたが、これで見え具合は大きく向上した。遠近両用は1週間納期を待たないとならず、来週末になる見込みだ。しかし、昨日ケータイがない!!と眼鏡市場の店内で気づいたのだ。写真の焼き増しとか洗濯物とかで荷物が多く、ケータイを着替えの下着の上に置き忘れたのだろうか?そう思い、今朝部署には管理職が出勤している可能性も有り、夏タイヤ交換後急いで部署に向かったのである。そうすると、管理職は出勤しており、ロッカーの着替えの下着の中から見つかったのである。危うい所ようやく命拾いしたのだ。もし無ければセルラーショップに回線停止を申請しなければならない所であった。

それはさておき夏タイヤ、走行音がかなりうるさく、継ぎ目なども喰らいやすく、揺れも大きい。しかし、流れに沿う時などの安心感は非常に高い。ブレーキやカーブも雪のない場面では非常に頼もしい感じである。もうこれで雪は絶対と言っていいほど降らないであろう。

その後、ホームセンターやレンタルDVD店などを数軒、近郊や近県も回ってみたが、やはり新作・旧作問わず店舗によっては取り扱っていない物が多いのも少なくない。これがマイナーな作品であれば店舗側が見込みがないということで頭から扱わない、というケースが多いが、新作で取り扱いなしの物でも取り扱われている店舗ではレンタルランキングでかなり上位という人気ぶりもみられた物もある。しかしその作品も相変わらず大半の店舗に配置がなく、近県でも数軒に1軒程度の取り扱いしかない。レンタル開始日から1ヶ月が経過し、それでいてかなりの人気でランキングも上位が確認されているにもかかわらず、今だに大半の店舗でレンタル版が置いていない、これはどうやら店舗側の事情ではなく、出荷元か制作会社側の事情が絡んでいる可能性が濃厚だ。そこで、主幹店のチーフに聞いた所、あの作品は制作元の専売的要素が強い、いわば売り切り作品のようであり、セル版であれば販売目的なので店頭に無い場合であっても要請が顧客からあれば取り寄せなどで確保する義務は販売店として当然あるが、レンタル版の場合、制作者側の主導権が強いケースなどの場合は、出荷元が流したい所に商品を流せるという独占的な販売政略が出来るらしい。そのため、同じレンタル店の系列店舗でも無い所と、有る所があるというようだ。結論的には当店舗でのその作品のレンタル版の取り扱いはされない、出来ないという回答だ。全店的に流れるようにするためにはレンタル店側も要請はしているものの、出荷元が流したい店舗以外の所には出荷しない考えから難色を示しているようであり、レンタル店側の要請では難しく視聴者皆さんの制作元への抗議が必要だ、という。そうであれば店頭レンタルは諦め、ネットレンタルでのほうが賢明なようだ。

とにかく、最も身心的にも落ち着かない、この季節は毎年そうなのである。

2013年3月 9日 (土)

久しぶりのE-5と宅配レンタル申請完了

3月も中旬に突入し、今なお真冬日が続くかと思っていたら、どうやら平年並みのようである。しかし、春の陽気だからと言って3月中旬までは少なくとも油断は出来ないというのも正直なところだ。再び大雪や凍結の可能性も3月20日頃までは否めないからだ。タイヤ交換、3月20日以降、様子を見て3月第4週の土日ぐらいを早くとも目処にしている。

そうした中、本日職場の定期大会があり、久々に糸田の部署に出向いた。やはり都心部経由ゆえ渋滞が多く、片道12KMを1時間近くかかっての道のりであった。7月から私ども自治体職員の給与が1割弱も引き下げられる見通しのようであり、今後車でのレジャーも中・長距離も頻繁にと言うのが難しくなり、そのため写真なども大幅に控えないとならず、家で余暇を過ごす方法をうまく考えなければならないようだ。

こうした中、私は宅配レンタルの申請に踏み切った。これは店頭で扱う予定のないものであってもほぼ確実に確保できる上、店舗に出向かないとならない事態もなくなり、ガソリン代の節約や交通事故防止にもつながるからだ。宅配レンタルは私が留守中に届くことも少なくなく、私の親御はもう80歳前後の平均年齢であることからも私どもより経験豊富で世間も総合的に熟知しているのは疑いようがないが、今の時勢の事情には非常に疎い面もあり、宅配レンタルの制度を知らず、不審な荷物として親御に送り返されるリスクもあることで、どうしようか躊躇していたのも正直なところだ。以前、ネットショップの商品を不審な荷物と思い親御に送り返された経験もあるので、こうしたものはすべて郵便局留めで取り扱わせていただいている。

それともう一つの理由がある。これは店頭では取り扱っていないものが少なくないのも事実であり、こうしたものも余儀なく買い取りをされていたこともあったからだ。さらに前回のログにもあったように、新譜レンタル開始日から1週間以上経ったにもかかわらず、それでも金沢市内どこも取り扱いがない、という事態もあったからだ。これについては前回のログでも語ったように、石川県内でも金沢の店舗はすべて取り扱いなし、その他の郡部で取り扱いという無惨なものである。ほかの地域でもそうかと思ってレンタル店のWEB在庫検索を調べたところ、大半のところが置いていない状態だ。九州・中国四国は比較的多く置いてあるようだが、その他では政令指定都市ですら10軒に1、2軒程度しか置いていない所もあり、特に東北・北信越・北海道では大部分が置いていないという無惨な状態だ。そこで金沢の旗艦店に問い合わせたが、「今のところ未定で、今後も取り扱う予定は当分ありません」との返答だ。そうであればほとんどの所が扱うつもりなど、完全に全くない、と考えられる。
それなりに知名度もあり、視聴者の要望が多いにもかかわらずこれはどう考えてもおかしいとしか言いようがないのが正直なところである。そのため遠方など不便な店舗に足を運ぶとか、取り扱いがあってもレンタル中に出くわすことが続発している状態のようである。

通常、比較的マイナーなものであれば店舗によって取り扱いがないというのも納得できるが、こういう場合郡部にはないことが多く、都心部にあるという場合が多いものであるが、今回は郡部に流れて都心には流れないというのだから、社会常識から考えてもこの上ないほど不思議で理解しがたいというのが正直なところだ。一部のサイトでは人気過剰で出荷が間に合わないとの噂も聞いたが、レンタルの場合、セルに比べれば珠数は非常に限られているのですから、そういう事態も考えづらい。多分、店舗側が頭っから取り扱う予定が全くないか、それとも発売元が流したい枚数だけ出して追加供給をしないとか、発売元やプロダクションが流したい所に媒体を流せるという政策をとっていることはほぼ絶対であり、こうであれば諦めざるを得ず、そのほうが賢明だ。いくら要望を出しても入荷しない、出来ないものは実現は恒久的に無理ですから。しかし、セル版の売れ行きは好調であり、売り上げヒットチャートにもかなり上位に上がっているほどなのである。

しかし宅配レンタルではほとんどが取り扱われており、比較的人気のあるものは宅配でもレンタル中と言うこともあるが、予約も可能ですから。ああいう事態であっても宅配レンタルは確実かつ有効な手段であることは疑いようがなく、最寄りの店頭に当面なく遠方の過疎地に出向いてもレンタル中ばかり、ということで諦めていたものもほぼ確実に利用可能というのは優位性は高い。

それはさておき、かなり久しぶりにE-5が活躍した。来週の部署行事で写真担当を命じられ、これまでああいう事情でカメラから遠ざかっていたゆえ、感覚を取り戻すことも目的であったが、北帰行直前のコハクチョウを10倍ズーム装着で、久々の撮影を行った。むろん、CFはすべて使い切った。感度は望遠かつ動きもあることから晴天にもかかわらず当然ISO800だ。

やはりいつもの長曾川にはあのときの光景がすっかり戻っていた。昨年、あそこは大規模な工事があったことで、もう再び来ないと思っていたら、またあの日の光景が戻っていたことは何よりであった。
P3093864
P3093989
P3094164
P3094296
P3094332
P3094351
P3094400
P3094481E-5もかなり久しぶり、ほぼ3ヶ月ぶりに持ち出した。使用レンズは10倍ズームであったが、このレンズをE-5に装着するのは多少抵抗があったが、広角域から超望遠までカバーできる利便性と、来週の写真担当時にもうまく動けるように、長らくカメラから遠ざかっていたこともあり感覚を取り戻す目的もあった。長曾川では再びいつもの賑わいが戻ってくれて何よりだった。快晴に近い条件ながら、望遠時の被写界深度の浅さを極力カバーする必要性からなるべく小絞り、動きがありシャッター速度も必要であることから、ISOは当然800の設定だ。それでも比較的近い被写体は被写界深度を完全にカバーしきれないのが現状であり、ここはある意味妥協も必要、そう感じる。

2013年3月 3日 (日)

トールボーイ型スピーカーの功罪

オーディオ界もここ30年あまりの間に大きく様変わりし、今や私が今なお愛用している往年のシステムコンポスタイルのバラコン、早い話がHI-Fiオーディオとかセミプロフェッショナル機という分野であるが、これはホームシアターや大型テレビ、ミニコンポなどの大衆製品に押されて少なくなってきている。しかし、私は5.1チャンネルとか、ホームシアター向け製品には今なお手を出したくない、というのが正直な所見だ。周囲からは時代遅れと非難される恐れは否めないが、今なお2チャンネルのピュアオーディオに執着し続けているのである。

それはなぜか?今なお多くの音楽レコード(CD・デジタルダウンロード共)は2チャンネルステレオ録音が主流であり、5.1サラウンド対応というのは一部の映画のDVD、BDソフトに限られ、そうしたものであってもその多くは今なお2チャンネルステレオが多い事がその理由だ。昔の4チャンネルステレオが流行った時分、2チャンネルを擬似的に4チャンネルで再生する機能もあったが、本来の真髄は4チャンネル録音のレコードやテープでないと味わえないのも現状だ。しかしこれも数年で姿を消し、再び2チャンネルに戻ったという経緯もあった。5.1チャンネルなどしても今なお2チャンネルステレオの録音が多い現状では、その真髄を味わえるのはごく一部のソースに限られるからだ。また、私としては原音忠実主義である事から、5.1などの多チャンネルはその妨害になると考えており、原音忠実主義であれば今まで通りの2チャンネルステレオに勝るものはない、そう考えるからだ。

スピーカーもかつては大型のブックシェルフ型がピュアオーディオでは主流だったが、今ではそれはトールボーイ型という、背が高く床面積の小さいものがそれらの代替品となっている。これは幅が小型スピーカー並みであるが、全高は1メートル近いものが多く、私が現在使っているのもそのタイプである。ウーファーの口径もかつて大型ブックシェルフ型では25~30センチという大口径が当たり前だったのが、今や10~16センチ前後の小口径が多くなってきた。しかし小口径の欠点をカバーするため、ウーファーを2本パラレル駆動して、等価的に大口径に匹敵する低音域を得ているのが少なくないわけだ。私のはウーファーの口径は13センチ2発使い、1発使いに換算すれば20センチ口径に匹敵する。再生周波数帯域も以前、フイルム写真をアップした時に写っていた32センチ3ウエイと同等の30HZ~60000HZを確保している。

音の面でも音程的には確かに昔使っていた30センチ級と遜色ない低音域の再生が確保されてはいるが、小口径で低音域を拡大する絡みもあり、能率が93db/Wあたりから、88db/Wあたりへ落とされてはいる。これはデジタル一眼カメラでいう画素数の減少と同等なものである事は疑いようがないが、昔のオーディオ愛好家は隣近所の迷惑など関係なしに平然と大音量再生を行っていたのが当たり前であり、私もそうであった。しかし近年はマナーの問題からそれも少なくなっており、一般家庭において音楽や映画を味わうには能率は85db/Wもあれば十分なのだ。

但し、ブックシェルフ型にない欠点もある。スピーカーの筐体が筒状に長い形状である事から、低音域の特定の周波数でそれが共鳴管の役割をして、低音再生限界の低周波数側においてそれが共鳴して、その響きが長く残り、特定の音程が強調されてブーミーになりやすい。トールボーイ型で低音域にクセがあるというのはそれなのである。しかしその欠点を生かして小口径ウーファーならではの立ち上がりの良さや小音量時でもうまく鳴ってくれるというメリットを合わせ、大口径に匹敵する豊かな低音も両立させているのはそれを補ってあまりある。

実際、音質的にはJ-POPやエレクトリックなどといった分野では重量感と解像感の高さ、反応の速さは非常に相性がよく、現代的な印象でよくマッチするが、クラシック系とか、ポール・モーリアとかレーモン・ルフェーブルといったイージーリスニング系、いわばムード音楽系ではちょっと相容れない感じがする。それは低音域の反応が速いため、ゆとりとか大らかさに欠けているからである。ここはやはり30センチ前後の大口径ウーファーのほうが相容れられるというのが正直なところだ。

但し大口径は、振動板が大きいため重く、強力な磁気回路が必要であり、そのため小音量では甘さが目立ち、うまく鳴ってくれないというか、音程などの変化が曖昧に感じられ、鈍い印象を受けるという事だ。これは現代のJ-POPなどには相容れ難いだろうが、クラシック系やイージーリスニング系であればむしろこのほうが相容れられるという側面もあるわけだ。しかし大型ブックシェルフ型は場所をとるという事もあり、最近はこうした背景からトールボーイ型などに変わってきたのであろう。

ここまでオーディオに関して些細なのも私が写真を長年やっていた事が影響している、こういう背景もあるのかも知れない。写真、これもオーディオ同様、高忠実度にて使いたいものであり、解像感や発色・階調表現などや描写の主体が撮影者の意図に合っているかどうかの観点から見てもそうである。

今やデジタル一眼の普及でフイルム使用者はプロ・アマチュアと共に少なくなってきているが、今や1000万画素以上が当たり前になったことで、多くのアマチュアが従前使っていた35mmカメラの実効的な解像力に追いつき、追い越したというところまで来た事も疑いようがなく、大きなトリミングなどが必要でない条件であれば十分なのである。今や2400万画素、3600万画素というドテツもないスペックのものも出ているが、ここまで来ればもう6×4.5とか、6×9という、ブローニーフイルムの実効的な解像力にも追いついているのが現状であり、1000~1800万画素であっても不満だというユーザーや、トリミングが多いユーザーには注目されてはいる。しかし、これもある程度高価なレンズを使って、丹念に撮影されているのであればそれを生かし切れるであろうとは思うが、一般的なレンズで軽率に撮影するというのであればそれは非常にバカげた無駄なのであり、スピーカーの能率が低いと不満だというのと全く同然であり、普通に使うのに1000~1800万画素は不満でその倍以上はないと飽き足らない、などという考えを持つ輩はオーディオなども隣近所の迷惑など考えずに大音量を出しているものであるのは絶対的に疑いようがないものなのだ。

オーディオの世界も今や私が30年あまりという長いオーディオ経験の中でも大きく様変わりしているが、昔ながらの伝統を頑なに貫きつつも、最近の傾向を取り入れた新しいものになっている。これもある程度、時代の流れに沿うということも余儀なくされるのは致し方ないもの、そんなものなのでしょうね。