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心と体

2018年4月29日 (日)

間もなく終わる四十九日と車検予約、新ビエラ

親父の月命日も過ぎ、間もなく四十九日も終わろうとしている。四十九日の法要は来週日曜午後から自宅にて、納骨は来週土曜朝早くからという段取りは決まった。それ以降、レジャー等の自粛もようやく解けるわけだが、やはり生活費をすべて私が負担するとなると今までのようにはいかず、交換レンズなどの拡充も不可能である。

こうした中、自室のテレビの老朽化を理由に、3月に予定していた新型ビエラに先週、置き換えを行った。32Vのエントリー機ではあるが、4月末にモデルチェンジ寸前とのことで展示品限りのを買い取った形だ。
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新型はエッジ式LEDによる32V、IPS液晶搭載だ。法律でHDMI以外の入出力が禁止されて以降の機種なので、HDMIしか入出力端子はなく、USBポートが取り付けられている。ARC対応なので光音響出力はなく、ARC対応のアンプであればHDMI一本で外部オーディオでの音声は出せる。

以前、光出力の場合は報道番組などのように、音響を重視しない番組の場合でもAVアンプから勝手に出力されたり、それを切るとテレビ側での操作が必要だったが、今回のはAVアンプを切ると自動的にテレビから音は出され、必要であればそこから切り替えも可能であり利便性も高い。テレビでAVアンプなどから良質の音響効果を要求される場合というのは、スポーツ・映画・音楽・アニメなどというジャンルに限られることからも、テレビ本体からの音声との切り替えが楽なのは有難い。

あと、車検の段取りも行った。来週は法要とか納骨があるために三菱に来店が出来ない、と伝えておいたら6月5日の夕方に神宮寺に預け、6月7日の夕方に仕上がる予定ということになった。その折に、今年の雪害で後方バンパーの止めネジの補修も行うようにした。例年ない大雪のため車両の破損もかなり多発したほどゆえに、今なお朝晩はストーブが必要なぐらい寒い日が続いてはいる。しかし下着類の夏物はそろそろ出し、冬物は撤去しようかと思う。ストーブの撤去と冬服のクリーニングは納骨が終わってからにしようかと思う。

2018年4月 8日 (日)

人生、終わりまで「勉強」

親父の逝去から早くも2週間が経った。世帯主の座を親父から引き継ぎ、電気・ガス・水道・新聞・固定電話・固定資産税・NHK受信料などはすべて私が担うよう、忌引き中にその手続きを終わらせたが、親父の年金の停止と遺族年金の手続きが残っており、これは戸籍謄本や住民票の除票が、電子計算機システムの都合上、死亡届から1週間ほどかかり、先週半ばにようやくその処理が終わり、委任状をはじめ必要書類がそろったことで先週末、やむなく有給取得を行い、昼から浅野川電車で社会保険事務所に向かった。去る6日の午後3時に予約を入れておいたが、電車を降りて徒歩概ね15分ほど、予約時間まで40分ほど社会保険事務所のロビーで待ち、3時20分ごろ呼び出しがかかり、その手続きと相談に約1時間強を要した。その後、金沢駅で夕飯を食って、宇ノ気行きの路線バスで帰路につく。

親父は厚生年金のほかに市役所の共済からの年金もあり、厚生年金のうち、老齢年金は遺族年金への切り替えがなくこれで最後となり、基礎年金だけがその対象となる。また共済年金に関しても役所の共済のほうに社会保険事務所から連絡がいくという事で、戸籍謄本や住民票・母御の通帳のコピーなども2通取らされていた。はっきりとした月当たりの支給額は判らないが、親父が貰っていた額の概ね3分の2ほどであろう、との説明があった。

さらに、親父の口座がロックされたことで、今週13日が年金支給日であるが、これは払えないことで社会保険事務所に返金されることになるが、その前に手続きを済ませているので、その虞はないものの、3月23日死去までの合算分は3か月遅れで母御の口座に振り込まれる見込みであるとの説明があり、役所の共済からも書類等が届き、それによりその手続きがすべて完了することになる。

さらに新聞代が口座ロックで回収できず、私の口座から2か月分纏めて卸されることとなり、また電気代も同様の対応で、請求書が来たことでコンビニに支払いも行った。さらに固定電話についても継承という事で、戸籍謄本のコピー・死亡診断書・除票・免許証の写しを添付し、所定の手続き用紙を同封して郵送で手続きを行った。

公的な手続き、書類関係は必要事項を記載し、窓口の係員の指示に従って記載するだけなので、小学校卒業程度の知能があれば誰でも出来ることであるのは疑いようがないが、その書類関係の取得が面倒な場合も多いものであり、ここはいろいろと勉強しないとならないことだらけであり、ある意味配偶者のいる世帯主以上に大変であることも実感している。

さらに松任の宮永町、アサヒ装設と同じ所番地にある墓の整理の問題も残っている。ここは民営墓地のため、その連絡先等の表示もない為、それが出来ず母御は困っているようである。ちなみに、私のいとこが持っている墓が内灘の向粟崎にあるが、そこの墓地に確認に行ったところ、墓地内の地図の下に石材業者向けの連絡先があったが、これは向粟崎公民館のものであることが判明したが、松任の宮永にその確認に行ったところ、墓地内の地図は新しいものになってはいたが、連絡先がどこにも表示してないのである。おそらく、小規模な民営墓地の場合、石材店もしくは冠婚葬祭業者を経由して墓の整理などを行っているものと思われるが、そのために連絡先や管理人の名義を出さず、地図だけ表示しているという事なのかも知れない。

さらに葬儀社から四十九日法要の会席の案内が来ていたが、私の場合は家族葬であり、完全な内輪だけでの式であったため、僧侶だけ呼びその法要を行い、会席などの利用は一切しない方向でいるが、それでも腑に落ちないのであれば、私の部署の業務が15時ごろにすべて上がり次第時間引きを行い、広岡の葬儀社にで向かって聞いてみようかと思う。おそらく、葬儀スタッフは四十九日が終わったら自宅の祭壇を撤去する考えでいるので、その段取りに関しても考えているかと思うのですが・・・・。

香典を断ったにもかかわらず、近所からも数件、姉御の会社からも1件出ているが、私の方は事務所にもその旨を伝えたことで一切受け取ってはいない。新聞にも出さなかったという事は香典などは一切受け付けない方向というものと考えるべきであるが、一般には香典は必ず必要とか、新聞には載るものであるとかいう概念が非常に根強いことも事実であり、誤った情報が満ち溢れていることも疑いようがない。口座のロックに関しても、一般には銀行や信用金庫などにそれは永遠に没収され銀行のものにされてしまう、などと解釈されているのも現実のようであり、そのために高額な生命保険に入っているのでは、という考えもあり得るのは事実である。しかし実際には保護措置であり、所定の書類を提出すれば基本的には解除可能であり、私の場合は遺言等もなく、生命保険にも一切入っていないことも判っているので、法律事務所などへの出頭はないと思われる。それが遺言が絡んだり、相続人が多くその思惑が絡んでいたり、多額な生命保険金があったりするとこじれたり厄介なこととなり、法律事務所への手続きも必要になるであろう。

2018年3月29日 (木)

忌引きも今日限り、しかし課題も・・・。

先週23日からの忌引き、今日が最終日だ。水道・ガス・NHK受信料・電力・火災保険・新聞など生活に必要なものすべては私の名義に変更し、当然、すべて私が担う事となった。世帯主の座を引き継いだのだから、当然といえよう。

しかし、親父の年金の停止と母御への遺族年金への切り替え手続き、その概要は判ったが、戸籍謄本および世帯内の住民票などが必要であり、死亡届の通知後、その反映処理にシステムの都合上、1週間前後はかかるという事で、その手続き完了待ちである。必要な書類が出揃わないと、それが出来ないですから。

さらにもう一つ問題も生じた。やはり親父の口座がすべて凍結されたという事だ。母御はこうなると永遠に没収されると考えており、新米世帯主としても重く責任を感じる。そのあたりの相談も行っており、結局忌引き1週間ではすべての解決が難しいことがわかった。そこで、こうした手続き関係の勉強も必要となり、関連のサイトなどで調べてみるなどで丸丸つぶれ、余暇などほとんどないに等しく、仕事以上に苦痛なものであることを強く実感した次第だ。ある意味、配偶者がいる世帯主以上に大変であることも強く痛感している。

その口座凍結の話だが、信金にて相談が必要という事で、本来関係者以外立ち入り禁止となっている別室に呼び出され、その場合の手続きの案内と指示を受けていたのである。まず、戸籍謄本、除籍の証明書類、相続者全員の印鑑証明、別途書類にその著名と印鑑証明で使われている実印の捺印、親父の通帳や証書、キャッシュカードなどが必要となり、これによって凍結を解除し、相続者に預金を移管された後、親父の口座を削除する、という事であった。したがって、口座凍結は永遠に金融機関側が施錠して事実上没収という事はなく(そうであれば当該金融機関は横領罪となります)、すでに口座の持ち主がいないという事で現在持ち主がいないことや、その相続すべき遺族への継承に係る重要な物件という観点から、第3者による悪用を強固に防止するために法的にも措置が義務付けられているものである、との事であったことを私は確認している。また、これは期限がなく、正当な相続者がいることが先述の書類において確認されれば解除可能という事であり、いつまでという期限はない。

また、わが家の場合は相続でもめるようなことはなく、また生命保険にも一切入っていないことも確認できたことで、他にも法律事務所・裁判所などによる手続きやそれから出される書類は必要ないようであるが、遺言等があったり、遺産相続の件で法的な処理が必要であったり、高額な生命保険金が絡んだりした場合、そうした関連の書類も必要になってくる場合があるが、わが家の場合まだこれでもいい方である。

そこで問題である。私と母御は印鑑証明の登録を済ませているのだが、姉御のそれがはっきりしていないとの事であった。そこで私が住民課に行ってその確認を申し出たところ、同じ居所であり、血縁関係があっても、世帯が別扱いで登録されているという事となると、私はそれが出来ないのである。私の世帯は私と母御だけであり、親父がすでに亡いので、私が世帯主の座を引き継いだので母御の場合でしかその確認が出来ないのである。こうなると姉御自身でその確認をし、登録をしてこないとならない。私が代理ですることも可能だが、その場合、委任状などが必要となり、私も数回住民課に顔を出す必要があり、処理が数日かかり、姉御のほうに電話あるいは手紙による意思確認も必要という事になる。あと、登録する印鑑も現品を持参のうえ、住民課で確認をしたところ、他に登録されていないのであれば支障はないとの確認も行ってきている。

そこで、印鑑証明を要しない年金の手続きから私は行う事となるが、これは書類の準備が整い次第、速やかに社会保険事務所に行ってこないとならないこととなり、無理してでも有給取得しないとならなくなる。さらに口座の件については姉御の印鑑登録の問題もあり、これは今月中にも難しいかと思われるので、しばらく間をおいてからになろうかと思う。

とにかく、四十九日が過ぎるまでは、ゲームとかレコードなどのプレイは控え、当然ゲームセンターはもちろんの事、自宅のゲーム機やスマホでのゲームも厳粛しないとならないし、ラジオかテレビ・ネットどまりで抑えようかと思う。レコードをどうしても掛けたいというならば、アイドル系とかの華美なものは避け、クラッシック系またはそれに近いようなものを静かに流すなどしないとならず、当然会合などがあっても断らないとならない。当然、車のipodも四十九日が終わるまで取り外し車でもラジオのみとし、今日金沢でサクラ開花の発表があったが、そのためのレジャー目的の行動も厳に控え、チューリップフェアも開催されるが、これも今年は無条件で厳禁としないとならなくなっており、レジャー等は光熱・衣食住などの経費を優先する必要があり、その余力がないと困難であり、当然、遠方へのレジャー目的の旅行などはもう生涯不可能と言っても当然だ。

とうとう来るべき時が来たという事で、私がこれまでいかに学生のような過ごし方をしていたかが強く思い知らされた次第だ。やはり生きていくために必要なことを優先し、レジャー関係は後回しとして、場合によってはそれを断念しないとならないであろう。

2018年3月27日 (火)

家族葬を終わえ、各種手続き

先週23日未明、親父は他界されましたが、24日に家族葬にて通夜、25日葬儀を行い、それが済んで現在、各相続手続きに追われている。まず、一番大切なのは母御への遺族年金であるが、この手続きに必要な書類が来週半ばでないとそろわず、あと2日間しかない忌引きの間には間に合わない。そこで、来週にも無理を言って有給取得を行わないとならない。

母御が手続きしてもいいが、今や遠方へは出て歩けず、手押し車や杖をついてやっと歩いている状況なので無理であり、委任状が必要となっている。

そうであれば先に公共料金の相続や健康保険・介護保険の解除手続きや水道・ガス・電気・火災保険などの口座変更や名義変更のほか、世帯主の住民移動の申請も行った。昨日は役場にて必要かつ可能な手続きを全て済ませ、水道料金と使用者を私の名義に変更し、世帯主の座も私が担う事となった。本日はガス・電気・NHK受信料などの名義と口座変更を行ってきた。しかし金沢市の繁華街に所在するので、車では行かず、浅電で行くこととなり、北電まで花里行きのバスにて本多町下車、すぐ目前にあった。そこで電気の名義変更や口座変更・相続を行い、ついで大手町のNHKに周遊バスで橋場町下車、そこからNHKまで歩き、放送会館にてNHK受信料の名義と口座の変更を行った。そこでもう10時半ほどになり、11時ごろ名鉄丸越の地下の庶民的な中華屋で昼飯を食い、12時15分、能登急行のバスにて帰宅、そのついでに伊丹産業に寄り、ガスの使用者と口座名義変更とその手続きを行った。これで生きていくために絶対必要とされる光熱関係すべて私の名義と口座になったが、あと固定電話と、問題の年金の手続きが残っている。親父の口座も凍結削除される前にすべて引き下ろし、削除させていただかないとならない。とにかく、あと2日間で残る手続きを可能なものは全て片付けたい方針であり、新米世帯主としての務めでもあるからだ。

初七日の法要は告別式終了後、自宅にて行ったが、一昨日、11月に入院以来約5か月ぶりに親父はわが家に戻ってきた。晩年にはおむつカバーを脱いで暴れたりして夜中に近所の人もブロックをまたいで裏から見に来るなどもあった。しかし、温泉病院の介護保険病棟で最期となったが、別に大ごともなく静かに逝ってくれたことだけでもせめてもの救い、と言えるだろう。
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出棺の時、好きだったレコードを持たせてやりたいと母御が語っていたので、スタッフと相談したところ、プラスチック製品は駄目とのことで持たすことが出来ず残念であったが、自宅の祭壇の左右にお供えして置いてある。これだけでもせめてやっておきたい、そう感じる。遺骨には腰痛の治療のため脊髄固定の金具とボルトが出てきたのは驚かされた。また、告別式では一眼カメラ・E-M5IIが半年ぶりに活躍したが、普段遊び目的で使っていたのが、一家の重大事という事で肩に力が入り、レジャー目的の時とは何かが違う、そう感じた次第だ。

四十九日の期間まで、レジャー目的の小旅行まがいのことも厳禁、家や車でレコードを掛けてもクラッシックなどのようなもの以外は厳禁しないとならない。もちろんゲームなども自宅・外出先共に厳禁だ。食事も肉系とかのものは控え、菜食主体になるだろう。

2018年3月23日 (金)

深夜に再び呼び出し、ついに来るべき時が・・・。

平日にもかかわらず、2回もここを更新するという事は未曾有の出来事と言える状態ですが、先ほど温泉病院に行ったところ、親父は本日01:30、お亡くなりになられました。大正15年生まれ、91歳でした。

一昨々年の初夏以降、立って歩けない状態になり、それ以降2年余り体が悪いのを鞭打って家事をセッセとこなしながら母御は懸命に老々介護を続けており、私が昨年夏、要介護申請を行った結果、要介護3の指数を与えられ、施設通所をしばらく行っていたが、昨年秋には嚥下性肺炎を起こしていることがわかり次第、即入院させ、その間医科大の高齢医学科、木島病院を経て、今年初めには医科大向かいの特別養護老人ホームに入所も決まってはいたものの、一時預け中の木島病院とその特別養護老人ホームの関係者が協議した結果、介護以外にも高齢医学に係る医療が必要とのことで、医療型介護施設である温泉病院の介護病棟に預けることで落ち着いたものの、わずか1か月余りの入所であった。

現在、野々市町の安置所に預けていただいており、粟崎町にて家族葬、という方向で調整中である。これにより先月行った特別障害者の申告も何の効力もないこととなったが、約3年間にわたる介護お疲れ様、としか言いようがありません。

年度末の大切な時に、このような事態というのは非常にしゃくではありますが、大雪の最中を免れたことだけが不幸中の幸いなのかも知れません。

午前2時過ぎ、スタッフからの指示があり、葬儀社が来るまで霊安室で待機を命じられ、午前3時近く、葬儀社が親父を引き取りに来訪し、青ナンバーのステップワゴンにて野々市町の一時安置所へと向かった。姉御は今、そこにて葬儀の段取りを行っている。私と母御は自宅待機中であり、私も3月30日までは忌引という事となろうかと思われます。直葬の形態をとるかと思われ、新聞にも載せず、学校や会社からの香典や参列はお断りさせていただく方針です。

その後、私の方も親父の預金の払い戻しやその相続・電話・家屋などの名義変更、年金関係の手続きなどがあり、忌引きの期間は休む間もない状況になるかと思われます。

これにより要介護申請の更新まで持たなかったこととなりましたが、要介護認定期間はわずか半年弱でありました。

深夜ながら急な事態という事であえて一筆させていただきました。

2018年3月22日 (木)

施設から呼び出し、帰宅途上にて

平日にここの更新を行うなど、よっぽとの事でもない限りは行わないが、本日、通勤途上にて医療型介護施設である内灘温泉病院から呼び出しがあったことが判明した。帰宅は夜7時前であり、これはいつものことであるが、ケータイを確認したところ姉御から伝言メモがあってはじめて判った。

その概要によると、親父が半危篤状態だという。そこで、急いで飯を食って夜7時20分ごろ、温泉病院に向かったのである。現地に着くと、親父の容体が夕方から急変し、意識がほとんどなく高熱が続き、呼吸も顎をパクパクしながら吐息が荒い状態が続いている。すなわち半植物状態でほぼ寝たきり状態であり、実質的に要介護5にも相当する状態であったことがわかった。

介護の人からも会える時に顔だけでも見てほしいと私宛に指示されており、急遽向かったのである。私が現場を見た状態では、確かにそのようであり、もう何時なんどき命を落としてもおかしくない状態であったことは間違いない。担当医師の話でも今すぐにという事はないかと思うが、もう91歳という高齢であることや要介護3の指数が与えられていることなどもあり、もう意識もなく呼吸だけやっと行っており、食事も点滴のみでありオムツどころか人工的な処置で機器を通じて大小便を行っている状態であり、ほぼ寝たきり状態で極めて重度の介護と医療が必要であり、実質的には要介護5と言ってもおかしくない状態だ。

こうであれば宿泊を伴うレジャーはもとより、放課後の会合とか夜勤なども断らないとならないのは当然といえよう。年度末であり、部署も一番大事な時というのにこのような状態であれば予断を許さない状態だ。

今度呼び出されるとなるともう命の危険がほぼ確実であることは間違いないであろう。もう要介護状態という事自体、もう余命が長くないと言っても過言ではないことは疑いようがないが、幼児の育児なら小学校低学年ぐらいまででほぼ目途はつくが、介護という事となるともう長くないとはいえいつまで続くかわからないのも疑いようがなく、その家族も自由に使えるお金や行動範囲を大きく狭められるものである。施設の人も何か危険な状態になれば、早朝深夜など時間帯など関係なく呼び出すことになる、との話もあり、今のところいつまで持つかはわからないが、年内にも最期を迎える可能性は極めて高いのも疑いようがない。すでに平均寿命を大きく超えており、要介護化しても何ら不思議ないといえばそうであるが、ついに来るべき時が来たと言っても過言ではなく、3年前の軽自動車への移行は極めて正解だった。やはり維持費などを削っていかないと、今後の生活も苦しいですから。

2018年3月 3日 (土)

晩冬雑感

3月に突入し、社会の常識では冬ではなく、春になった。しかし、まだ最低が氷点下とか、来週いっぱいは寒波が来る可能性も多分にあり、3月も上旬であることから、春というよりは「晩冬」であることは疑いようがなく、そう表現したほうが実情にも合っており的確だ。

道路交通もようやく通常の速度で走っても問題ないほどになり、2月のドカ雪がウソのように感じられるが、まだ少なくとも来週いっぱいは冬の用心は怠れないことを肝に銘じるべきだ。

車の燃費、ようやく13.5km/Lというデータが出た。やはり7.5km/Lなどという軽自動車にしてはひどすぎる数値が出たのはドカ雪による交通障害などで距離の割に大幅な時間がかかっていたことが原因のようだ。

車の燃費、届け出時にはJC08モードなどで測定し、国土交通省に届けることが自動車会社に対して義務付けられており、そうしないと市場への販売も禁じられている。しかし、これは公道を走行してでの測定ではなく、法律で定める方法にて、テストコースや測定機器上にて運転し測ったものであり、最善の状態でこれだけ走るというものではない。カタログ上にも、この数値は法で定める方法にて試験したものであり、実際の走行時には使用条件によって異なります、との注意書きがある。これを知らないで数値を信頼し、真っ赤な嘘だとかいう輩は知能が低いとしか言いようがないというのが私の正直な感想である。

実際、私のディーラーである三菱の話でも、これはその車の燃費性能の良し悪しの目安にはなるが、実際の走行時においては平均的に概ねその3分の2程度であるという。しかしこれは概ね的を得ていることは疑いようがない。

私の無様な軽自動車では燃費のチョンボがあったが、その後出された訂正値では20.6km/Lである。平均燃費は約3年間の平均をエクセルではじいたところ、12.2km/Lである。これはカタログ値の概ね60パーセント値になるが、この程度であれば通勤時に距離の割に時間がかかっている現状を考えてもほぼ正常の範疇といえよう。

私の今の部署は糸田新町の線路沿いになるが、自宅からの通勤ルートの距離はゴーグルマップでは11.5km、自家用車のオドメーターでは12.2kmである。来週いっぱいまでは冬場体制として朝6時15分ごろに家を出る参与なので、この時間であれば30分前後で行く。再来週からは夏時間という事で朝6時45分ごろに出る考えであるが、この場合でも35分前後はかかる。気象状況からももう夏場の時間に戻しても問題はないかと思うが、来週は高校入試があり、通勤時間帯はそのための送り迎えが目的の親御の車で混雑することから、来週いっぱいは冬時間という事にしている。以前、高校入試の当日、混雑で1時間10分ほどかかったことがあり、こんなアイタタ~~~~はもう御免だからだ!!!!!!!

しかし問題は帰路である。帰路は夜5時から7時の通勤通学ラッシュに当たり、糸田新町という事となると必然的に都心部をまたがざるを得ず、30~35分で行くところ概ねその1.5倍以上はかかり、早くても45~50分、遅い時は1時間以上かかることも少なくない。

そもそも、内灘というところは金沢方向にアクセスする折、車で行くには非常に割が悪いことも事実である。その背景には、北陸鉄道浅野川線が通っていること、金沢市の粟崎が直に隣接していることなどから、金沢との関連性が他のかほく市町に比べ非常に高く、通勤・通学などに係る現役世代人口のほぼ全員ともいえる8割以上が平日日中は金沢に流れているという事情がある。さらに河北潟放水路と大野川によって、新潟の古町地区と同様、隣接する金沢市粟崎地区とともに実質孤島状態のため橋に頼らざるを得ず、金沢方向への道が限られているという事が問題だ。これが通勤通学時に渋滞や混雑を引き起こし、車で行くには距離の割に時間がかかるという問題を起こしているのだ。そのためにそれが思うほど燃費が伸びない大きな原因なのである。

以前、内灘の議員が河北潟防潮水門に道路を作り、そこに橋をかけて金沢へのルートを作り、大根布・医科大方面の車はそこに流すように仕向けるという構想があった。地理的にもそれは難しくないかと思われ、そうすれば私共の通勤も10分以上早くなることは明らかであることは疑いようがなく、なぜそれをやらないのかが不思議でならないというのが正直な私の感想である。

そうであれば私が姉御と母を置いて金沢に出れば解決するかと思うが、そうしたら他に大きな問題が出るのも疑いようがない。まず、マンションなどの家賃で生活が苦しくなるという事だ。それに母御も体が悪くこっちが介護してほしいぐらいだと親父を自宅介護していた時に嘆き散らしていたほど体がひどくやっと炊事とか掃除もこなしているのが現状であり、何かあれば男である私の力を貸してほしいことも多く、これを考えればいくら通勤に距離の割に時間がかかりガソリン代もかかるなどという理由ごときでそんなことなんか絶対に出来ないというのが正直なところだ!!!!!!!!!!!

ここはそういう割の悪い地域に住んでいるからという事でこれはあきらめて風雪に耐え、何としてでも家を守っていかないとならないのは私の義務なのだ!!!!!!!!!


まもなく車検も控えており、走行距離は4万キロ近くなってきている。スノータイヤは来シーズンまで持たないようなので前半は穿きつぶす考えでいるが、車検はその状態で出してもいいとディーラーから指示があったのでそうする考えだが、後半の時期にスノータイヤを注文し、その間夏タイヤも残溝が1/3ほどなのでこれも穿きつぶし、来年2月後半に夏タイヤも発注し、次のシーズンには冬・夏とも新タイヤということになろう。

とかく、通勤通学のラッシュ時というものは、旅行ガイドとかカーナビなどで30分ほどというところであっても、その2倍から3倍の時間がかかるというのは車では当たり前だ、そう考えるべきだ。

2018年2月25日 (日)

親父の特別障害者申告と9年ぶりのipod

親父の要介護認定決定から半年近くが経過し、1月末にそれに係る特別障害者控除の申告用書類が届いており、金曜にその申告手続きを私が行ってきた。そのため部署は有給取得をやむなく行ったが、朝から役場に行き半日掛りであった。

まず、このような申告は初めてという事で、最初福祉課に相談し、詳しい方法を教えてもらったが、その後税務課に行き、親父の年金の源泉徴収票が必要とのことであり、再び自宅に戻り、母御がハッチャキになって探し、見つかったのでそれを持参し、再度税務課に行った。そうすると、これでいいのでこちらで手続きします、との事であった。やはり社会的なことに不慣れだと見たのであろう。長年独身を貫いており、それゆえに独立した収入を得ている以外は学生とあまり差がない生活を送っていたことを強く感じ、このままでは親が死んだら途方に暮れるであろう、そう思い知らされた次第だ。

さて、この申告により親父を扶養に入れることは可能か、ということだが、やはり年金が基準額を超えているとのことで、いくら要介護者とはいえそれを面倒見ている家族であってもその対象になることは難しい、とのことであるが、親父の年金から引かれている住民税や所得税などの恩恵は受けられる可能性はあるという事だ。やはり施設に入れていることでいくら介護保険があるとはいえ、自宅での老々介護よりも金が大きくかかることは否めず、少しでも公的な恩恵を受けられた方が母御も楽だからだ。

夕方、9年ぶりにipodを新調し、さっそく私の無様な車で使用している。旧型のnanoは約10年使っており、アナログ出力のヘッドホン端子は問題ないが、デジタル出力が不調であり、カーナビで認識されていてもレコードが鳴らないことが多く再度つなぎ直したりが多く、また充電が時々効かないなどの不具合も起き、バッテリー寿命も著しく縮まっていたことなどから、新調を決断したのである。

現行モデルはiphoneが主力化したため、nanoやshafuleなどの小型機は廃番となり、iphoneと筐体を共通化したtouchのみとなり、それも32GBと128GBのみとなっている。私が新調したのは128GBだ。P2250203私はこれまで貸しレコードなどの取り込みは128Kbpsで取り込んでいたが、2017年12月以降は256Kbpsで取り込んでいる。こうするとデータ量は約倍になるが、音質は128Kbpsに比べると格段に滑らかである。こうなると容量逼迫の恐れもあり、32GBよりは128GBのほうがよかろう、とのことでそうしたのである。

しかし、楽曲をipodに転送する際、一部楽曲がエラーで転送できず、再び原簿のレコード盤を探し、何枚か取り込み直したのである。しかしエンジン始動時に起きやすかったナビでは認識はしているが肝心のレコードが鳴らない、というトラブルはほとんどなくなったようであり、車以外にも高速バスなどで使用することも考えられることからも、考えられるだけの楽曲は転送済みだが、それでも容量は十分ある。800万画素カメラもあるので、いざという時は写真も可能であり、F2.4と明るいレンズであり、35ミリカメラと同等の解像力も備えている。

それはさておき、今月の3か月予報では1月に見込まれた大幅に春の訪れは遅い、というのが撤回されたようだ。3月から5月の気温経過だが、3月・5月は平年並みか高め、4月は平年並みか低めとの見通しである。今週あたりから気温は高めの日が多くなり、前代未聞の大雪もあって山間部ではここ2週間程度、雪崩の危険性は平年に比べ大幅に高いとの見通しのようだ。しかし4月が寒いようなので、サクラの開花が遅れる可能性や、満開後も長く花見が可能になる可能性も否めない。

このドカ雪で私の無様な車もいくつか破損個所があるが、そのうち前バンパーの左フェンダー付近のわずかなひび割れをバンパーパテで埋め、マニキュア式のハゲ隠し塗料を塗っておいた。P2250205バンパーパテを塗布した状態。2時間ほど待ってからサンドペーパーで研磨する。
P2250207研磨後にハゲ隠しを塗装した状態。1週間ほど乾燥させてから、粗目→中目→細目のコンパウンドで磨き、その上からクリアーのハゲ隠しを重ね塗りし、再度同様に極細のコンパウンドで磨かないとならない。

とにかくこのドカ雪は今までの人生の中で前代未聞ともいうべきであろう。もうこのような事態はないかと思うが、それでも3月10日が過ぎるまではこのような事態も起こりうることは肝に銘じておきたいものだ。夏タイヤ穿き替えも3月第2週一杯は絶対にやめておき、どんなに早くても3月第3週以降、出来れば3月第4~5週に穿き替えするのが推奨だ。私はタイヤの摩耗度が冬用も夏用もかなり来ていることからスノータイヤを7月一杯穿きつぶし、8月のお盆過ぎにはカーショップなどでスノータイヤ予約も開始するのでそこで早期予約し、その間11月半ばまで夏タイヤを穿きつぶし、アイスガード6が入荷次第組み換えし、11月半ばに穿き替え、夏用は来年の今頃から予約受付しているようなので、そこでブルーアースの軽自動車ミニバン用サイズがあるので、それを注文して組み替えてもらい、来年春以降はすべてのタイヤを新調という事になろう。

2018年2月20日 (火)

親父の施設入所、ようやく落ち着く

昨年秋以来、嚥下性肺炎により、大清台の開業医の往診にて即入院を指示されて以来、医科大入院から木島転院を経て、昨日ようやく医療型介護施設である内灘町白帆台の、温泉病院に転院、施設入所という事が決まり、昨日夕方から入所している。

昨日ごみ収集作業中に、当該施設から電話があったことがわかり、折り返し放課後に電話したところ、施設入所が只今完了したとのことで、詳しくは姉御さんに伝えておいたとのことだ。

当初、木島側では医科大前の特別養護老人ホーム、夕陽丘苑に入所させる方向であり、姉御と母御が施設下見も行ってきており、1月中旬から入所が決まってはいた。

しかし、夕陽丘苑の関係者が直接木島を来訪し、関係医師と協議した結果、単に介護だけが必要であれば入所できたものの、介護以外にも嚥下性肺炎の治療が継続的に必要であることや、それ以外にも高齢医学に係る医療が複数長期的に必要であるなどの状況から、入所は見送らせていただきたいとの旨があり、施設入所となると医療型介護施設しか選択肢がないとの結論であった。千木町ケアセンターのほか、元菊の春日ケアセンターなどがそれに該当するが、自宅から近くであることとか早朝・深夜問わず家族が呼び出される可能性も配慮した結果、内灘温泉病院という事に決まったらしい。

姉御にかかってきた電話の概要によると、親父は昨日午後、木島から介護福祉ハイヤーにて温泉病院まで搬送し、姉御は午後から会社を休み、親父の荷物を運んでいたという。医療・介護共に温泉病院にて最期まで看取るという結論に達したが、自宅での老々介護とは異なり、常時家族が容体を掌握できないこともあり、何らかの事態があった場合、早朝・深夜問わず家族が呼び出される可能性があることは覚悟してください、と施設から指示があったという。

平日にここを更新というのはよほどの事でもない限りは行わないこととしているが、本日オリンピックのため火曜ドラマは放送休止であることなどもありあえて書き込みした次第である。こうなると、もう自宅には戻らないこととなり、次回自宅に戻り逢う時はご遺体の状態であろう。

2018年2月18日 (日)

現車の破損状況と日曜大工

昨日など再び北陸に大雪の予報が出されたが、本日も朝わずかな積雪があった。しかし午後からはほぼ溶けており、どちらかというと春の雪に近い状態である。しかし気温こそは真冬日に限りなく近い状態であるが、地面はかなり暖かくなってきているようであり、地面から溶けていくような感じであり、これが翌朝凍結し、アイスバーン出現の可能性が非常に高いことは疑いようがない。

こうした中、未曾有のドカ雪による現車の破損状況だが、後述のような状況である。↓

P2180191リアバンパーの止めねじが大雪のため悪路で落下した状態。これは車検まで待つ考えだ。
P2180201_2XZ-1の写真が縦位置の認識が出来ないため横倒しとなったが、フロントバンパー下部にヒビが入った状態。バンパーが変形したわけではないのでこれはバンパーパテとタッチペンで対処しようかと思う。

昨日、フランジ曲がりのため交換したスチールホイールとタイヤの状況は後述のような状況だ。↓

P2180190ホイールは新品になったが、タイヤが来シーズンにはシーズン中にスノータイヤとしての使用限度が来る可能性が高いとの指摘があった。

P2180194御覧のように、スノータイヤ使用限界の出現があと1ミリほどであり、この状態であれば春以降も穿きつぶしを行い、来シーズンにはIG6に全輪穿き替えをしたほうが好ましい状態だ。新車時からの夏用も残溝が半分を切っている状態なので、来年おそらく夏用も穿き替えという事になろう。夏用はBluearthを考え中だ。
P2180192フレーム下部だ。やはり継ぎ目のところからサビが出ており、手の届くところはサビ置換スプレーをかけて応急措置してはいるが、車検時に出来れば防錆措置は行ってもらう考えだ。やはり海岸地帯ではフレームのサビが多く、それゆえ下取りも大幅に安いらしく、新車にするのなら下取りを考えず最後まで乗るのが賢明だ。

やはり三菱の話でも未曾有のドカ雪のためフレーム周りの破損も多発しているという状況である。このようであれば乗らないほうが身のためであることは疑いようがないが、乗らないとならないこともあるというのが問題だ。

ドカ雪のため現業職場では疲労も大きく、上り時間も大幅に遅く、2週間ほどくたくた状態であり夜9時台のテレビですらリアルタイムで見れないという日が続いている。そのため春夏であれば夜10時台までは何とかリアルタイムも可能だが、この状態であれば夜9時前に寝ないと体も持たず命の危険さえある状態ゆえに、夜9時台の番組も予約して週末にでも見ないとならない状態だ。親父の医療型介護施設である温泉病院への転所も先週決まり、それゆえに呼び出しもいつ掛かるかわからないゆえに旅行等のレジャーも一切不可能な状態なのでテレビやラジオ・レコードなどというしか余暇の選択肢がないゆえにそうせざるを得ない。

こうした中、写真立ての補修も行っていた。クルンのサラダボウル閉鎖にてそのイベントの特売品であったが、掃除の際に下部のガラスを破損し、アロンアルファでしのいでいたが再び壊れ、捨てることも考えたが、その記念アイテムという事でそれでも惜しく、2液性のボンドEセットなら堅牢になるだろうと思いつき、それも行った。
P2180196

P2180195本体はボンドクイック5でガラスを補修したが、補修跡を隠すべくアクリル板をカットし、ボンドEセットにて貼り合わせておいた。裏側も同様の措置を行った。同じ2液性のボンドであってもクイックセット5は5分硬化型なのであまり広い面積には使えない、耐水性や堅牢性でやや劣るという欠点があるため、アクリル板補強はEセットにした。

P2180198
Eセットは90分硬化型のため半日以上ガムテープなどで固定しないとならない欠点があるが、硬化時間が長いので和風便器の金隠しを暴れてカチ割ったとか、そういう場合など比較的広い面積の作業が余裕をもって確実に行える、堅牢性や耐水性に優れるといった利点もあるため、ここはあえてそうしたのである。

とにかく春の訪れは早く来てほしいというのが正直なところだ。出勤も3月2週までは冬場の6時10分ごろに出ていかないとならないことからもなおさらだ。

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