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2012年7月25日 (水)

遠近両用めがねの功罪/100パーセント万能ではない

遠近両用めがね、使用してから2ヶ月近くが経過した。私が中学生の頃、光学堂メガネの宣伝で、境目のない遠近両用のCMか、広告らしきものを見たことがあったが、これには「青年のような若々しい視力が蘇ります」などと宣伝されていた。中高年以降になれば必ず老眼とか、難聴などは必ず出てくるものであるが、老眼は正視眼ばかりでなく、近眼や遠眼などでも必ず生じてくる。

正視眼の場合、老眼が出た場合は普通はめがねは掛けず、読書とかパソコン・食事などの近業時にのみ老眼用のめがねを掛けるのが一般的であるが、近眼に老眼が生じた場合、近眼用のめがねでは普通の正視眼と同様に、概ね60センチより近いものがチラついたり、にじんだりして細かい字などが見づらくなる。近眼の場合、一時的にめがねを外すことで正視眼の人が老眼用のめがねを掛けたのと同等の効果が得られる場合もあるが、やはり遠方が見づらいのでは日常生活が非常に不自由であり、このような場合、遠用と近用の2つのめがねが必要になる場合も多い。

この問題を解消するためのめがねが遠近両用であるが、これはほとんどの場合、近眼で老眼が生じた人が使用する場合がほとんどである。確かに商店街などでの会計時に財布の中がチラついてよく見えないために時間がかかり、後方の客にストレスを与えたりとか、コンパクトカメラでのライブビュー撮影時や、一眼カメラのレンズ交換時、遠用が必要な場面で急に字を書くなどの近用が必要になった場合などの場合はめがねを掛けたり外したりすることなく、こういう場合は都合がいい。しかし、すべてのケースにおいて万能ではない、これは眼鏡市場のスタッフの説明通りであった。

まず、一つのレンズに近視用と老眼用の度数を組み合わせる都合上、遠方および近用ともに明視可能な視野が狭い。1枚のレンズのうち、通常の近視用がレンズの中央を基準に約5割ほど上部、老視用のそれは約3割ほど下部になっており、これらをシームレスにつなぐ関係上、周辺の視野は犠牲になり、そのため横目とかではどちらも明視が出来ない。また、絶えず正面を見ていないと明視できないため、テレビを見る場合など最適な姿勢ではレンズの最適値が狭いためそれを大きく外れることが多い、車の運転などではミラーや側方の安全確認時に目的物がチラついたりにじんだりして明視できない、また遠方を長く見る場合はあごを引いて下向きになるか、めがねをやや下向きにして前に出すように掛けなければならない、極度な近用時は大きくあごを上に向けるか、めがねを一時的に上にやらないとならないなどの問題点も多い。テレビなどは真っ正面に正対して見るのが正しいとはいえ、私のような力仕事の肉体労働者では帰宅後、このような姿勢が苦しい場合も少なくなく、マグロかアザラシのごとくごろ寝状態で横目でという方が体が楽な場合も多いのである。このような場合、単焦点の近眼用めがねでは最適値も広いので苦にはならないが、遠近両用では最適な姿勢ではレンズの最適値から外れてしまうことが少なくないのは大きな問題だ。

そのため、4トン以上の大型車では使用は勧められない、との説明もあった。普通乗用車とか軽自動車であればそう問題はないが、幅のある大きめの車の場合は遠近両用は不向きであり、普通の近視用を使う方が好ましい。

これを考えれば、理想的には面倒であっても、遠用と近用の2つのめがねを使い分ける方が好ましい、そう感じた次第である。

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